「春凪、さっきまでここでスヤスヤ眠れていたでしょう? 遠慮はいりませんよ? さぁどうぞ」
グッと身体を押されて例のキングサイズのベッドに半ば無理矢理座らされた私は、泣きそうになりながら宗親さんを見上げた。
――い、一緒のベッドで眠るだなんて聞いてないっ。
そんな思いを瞳に込めたのに。
「もしかして誘ってますか?」
スッと目を眇められて、いきなり顔を近付けられたから、
「ち、違っ」
言いながら慌ててのけぞった。
と、トンッ……とその動きに加勢するように肩を押されて、気が付いたら柔らかなベッドの上に仰向けで。
さっきうたた寝をしてぼんやり見上げたのと同じ天井が、宗親さんの超絶美形なお顔越しに見える。
「あ……っ、え?」
一瞬、自分がどういう状態なのか理解出来なくて間の抜けた声を出した私に、宗親さんが覆い被さってきて。
「どうやら僕は彼シャツの破壊力というものを侮っていたようです」
すぐ耳元で、艶っぽくそう囁くの。
「ハーフパンツみたいに重ねられた男性用下着が邪魔ですけど」
クスッと付け加えるように笑われたそのセリフですら、私を変に刺激する。
「……ぁ、んっ」
首筋に宗親さんの吐息が掠めた途端ゾクッと背筋に電気が走って、慌てて首をすくめた。
――もう! お陰で変な声が出ちゃったじゃないっ!
「ねぇ春凪。キミは今日僕と同じシャンプーを使いましたか?」
私の上に馬乗りのまま。
洗ったばかりの髪の毛を一房持ち上げられて鼻先に近付けられるのを目にしたら、あたかも髪に口付けられているような錯覚を覚えてしまう。
そんなことされたら、めちゃくちゃ恥ずかしくて顔から火が出そうになるじゃないっ。
宗親さんが使っていらしたシャンプーは、別にメンズ向けのものではなかった。
だから私、勝手にいいのかな?って戸惑いながらも使わせて頂いたのだけれど、もしかしたらいけなかったの?
「ごめ、なさっ。使っちゃダメと思わな、くてっ」
気分屋の私は、基本的に色んな銘柄のシャンプーをあれこれ試してみたい派。
いま自宅では椿オイル配合の〝自宅でもサロンの仕上がり〟をキャッチコピーにしたシャンプーとコンディショナーの小さめボトルを愛用している。
対して宗親さんのお家にあったのは、それとは別の〝うっとり甘く恋が咲く〟とCMで謳われていたパール成分配合のもので。
考えてみたら男性が選ぶには乙女チック過ぎる気がして。今更だけど、あれはもしかして妹さん用だったのかも?と思い至った。
私も好きな銘柄のシャンプーだったし、何よりコンビニでは(最初から織田家のをお借りする気満々で)シャンプーやコンディショナーやボディソープまでは買わなかったから。
トランクスとか買っちゃったし、と遠慮したのだけれど、遠慮すべき方向性を間違えたのかも知れない。
(よく考えたらちゃんと使ってもいいか確認してからにすべきだったよね)
お風呂に入るとき、中のものは自由に使っていいって言われたけれど、「自由」にも実は制限があったんだ、きっと。
髪の毛を握られたままなことに不安を募らせながら、もう一度「ごめんなさい……」と謝ったら、
「別に咎めているわけじゃありませんよ? ただ――」
そこでやっと髪の毛を離してくれてホッとしたと同時、返す手で頬の輪郭をやんわりと撫でられた。
「女の子が使うと、使い慣れたシャンプーがまるで違うものみたいにいい香りに変わるものなんだなと感心しました」
言われて「……え?」とつぶやいたら、まるでその時を待っていたみたいに唇を塞がれる。
「……ゃ、んんっ」
さっきされた時は、軽く唇が触れ合うだけだったから、私、今回もきっと揶揄うつもりでのそんなのに決まってるとたかを括っていたの。
なのに――。
上唇をスルリと舌先で撫でられて、くすぐったさに力が緩んだと同時、口の中に舌が差し込まれてきた。
「あ、……ぃヤっ」
咄嗟に、身体のすぐ横に付かれた宗親さんの腕に触れて、抗議の意思を伝えるようにペシペシ叩く。
なのにまるでそれを制するみたいにぬるりと口蓋を舐められた私は、そこから這い昇ってきた快感にビクンッと身体を震わせた。
「ひ、ぁ……っ」
何、いまのっ! 何、いまのっ!
私、こんなの知らないっ。
思わず吐息まじりに漏れた、鼻に掛かったような甘えた声が、自分のものだなんて信じたくない。
だって私、元カレからはずっと「春凪は不感症だ」って言われ続けてきたんだよ?
心地よさに意識が持っていかれそうになるとか、有り得ないっ!
いま、身体全体が熱を帯びたように熱いのは、不可解な事態に戸惑っているだけ。
宗親さんがキスをほどくと、どちらのものとも分からない唾液が2人の間をトロリと繋いで途切れた。
「春凪、すごく色っぽい」
私の口の端を濡らしたそれをスッと指の腹で拭うようにして唇に再度触れると、指先を口の隙間にやんわりと差し入れながら宗親さんが問いかけてくる。
「……気持ち良かったですか?」
その視線が、いつもの冷静さを欠いて、どこか熱を宿して見えるのは気のせい……だよ、ね?
「気、持ちよく……な、んかっ」
慌てて否定した声音が変に上擦って、まるで言葉とは裏腹、「気持ち良かったです」って言ってるみたいに聞こえた私は、恥ずかしさに目端を潤ませて視線を伏せた。
「……それは残念だな。僕は……正直キミの反応に煽られまくってるんですけど」
言うなり不意に腰を太ももに押し当てられた私は、思わず「やっ」と小さく声を上げて身体を固くした。
だってだって……宗親さんの下腹部が固っ……。
「春凪、申し訳ないけど我慢出来そうにありません。――お願い、抱かせて?」
言うなりギュッと抱きしめられて、耳元でそんな切なそうにお強請りしてくるとか……本当にずるいっ。
さっき、心の片隅で、「このお綺麗な上司がどんな表情をして女性に欲情するのか知りたい」とか〝傍観者の気分で〟思った自分のことをバカなんじゃないのっ!って思った。
それを知るときは、自分が危ない時だって失念してたなんて、本当春凪の愚か者ぉ〜っ!
私だって一応女の子だったのにっ。
***
「春凪は僕の婚約者ですよね? 僕はこう見えて義理堅い方なので、約束した相手以外とはそういうことを出来なくなる性分なんです。――ここまで言えば僕が何を言いたいか、お分かり頂けますよね?」
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