さっきは「お願い」とか殊勝なことを言ってきたくせに、舌の根も乾かないうちにどこか勝ち誇ったような顔でそう言って私を脅してくるとか、相変わらずいい性格していらっしゃいますね?
要するに「私としか出来ないんだから、大人しく抱かせろよ」ってことですよね?
――顔は天使みたいに整っているくせに、中身は何て悪魔みたいに自分勝手な人!
そう思ったけれど、確かに宗親さんが言うように、(渋々とは言え)さっき私、この人との婚姻届に署名捺印をしてしまった。
まだお役所には提出していないから今のところ何の効力も発揮していないただの紙切れではあるのだけれど、宗親さんのことを伴侶にすると意思表示をしてしまったことに変わりはないんだと思う。
政略結婚と明言されている私たちの関係には、きっと甘い甘い恋人としての期間なんて夢見るだけ野暮なシロモノだ。
だとしたら、諸々すっ飛ばして〝こういういこと〟になるのだって、もしかしたら想定の範囲内?
まさか書類にサインしてすぐ、こんな展開になるだなんて思いもしなかったけれど……夫婦になるということは、遅かれ早かれ通る道なのだと覚悟しておかなければいけないんだと思う。
宗親さんだって何だかんだ言っても男性だし、その……それこそ今みたいに急にムラムラして(?)アレコレ処理したいって思う時だってあるはずだから。
この婚姻に操立ての義理なんて微塵もないはずなのに、宗親さんはわざわざそこは筋を通すつもりでいるみたいなことを言う。
私としては、別によそで発散して来て頂いたって、あからさまに私を蔑ろになさらなければ、恐らく許せちゃうと思うの。
もちろんそれにしたって、独身の頃のように大っぴらに出来ない以上、ある程度は私が何とかしてあげなきゃいけないのかな?とは思うけど。
――何も100%私に依存しなくてもいいんですよ? 宗親さんっ!
何だってこの人は、8つも歳の離れた小娘の私を、そんな過大評価してくださっているんだろう。
そこまで考えて、ふとバーで知られたあれやこれやを思い出した私は「ああ」とちょっぴり腑に落ちた気がしたの。
宗親さんは、私が未経験じゃないことを知っていらっしゃるから……だから〝都合の良い相手〟と見做して私を選んだのかも?
偽装結婚の夫役が初体験の男性になるんじゃ、選ばれた女の子が確かに可哀想だもんね。
その点私は確認するまでもなくそこはクリアしていること、宗親さん、偶然とは言え知ってしまったから。
しかも対象がこれまた偶然(ホントに偶然なの?)胸に難ありの、事故物件とも言うべき私だったとくれば、策士の宗親さんなら罠にかけるのなんて造作もないことだったに違いない。
実際今現在私は――自業自得な部分が大きいとはいえ――いつの間にか宗親さんにがんじがらめにされてしまってるもの。
それはそれとして。
宗親さんが、私の価値を〝非処女〟というところに置いていらっしゃると仮定した場合、ひとつだけ問題があることに気が付いた。
だってだって……ここだけの話、私、元カレ以外の男性とはシタことないんだもん!
全く初めてってわけじゃないけれど、手練れかと聞かれるとそうじゃないわけで。
いや……むしろどちらかというとビギナーに近いかも知れないくらいっ。
何をしても濡れない身体に、コウちゃんはいつしかローションを常備するようになっていたのよ?
あ! そうよ、ローション! ないよね? 無理! アレがないと無理ですよ、宗親さん!
濡れてないと私も痛いけれど、男性も痛いというのはコウちゃんの受け売り。
だけど、きっとそれって真理なんだよね?
お互いに痛いだけの行為なんて、メリットないですよ?って言ったら、宗親さんはガッカリして外へ遊びに行くようになってくださるかしら?
きっと誰が相手だって私の場合はあんなの、感じ方にそんな大差はないと思うし、しなくていいならその方が嬉しい。
痛いのや気持ち悪いのを我慢していたら、そのうち相手が勝手に果てて終わるって意味では、誰としてもきっと一緒だもん。
いつか赤ちゃんが欲しい私は、苦手だからと言ってそういう行為をずっとしないでいるわけにはいかないのだけれど、出来ればホント、〝生殖行為のためだけ〟にお手合わせ願いたいと思ってしまうくらい。
そもそも気持ち良くもない行為のためにコンプレックスのかたまりの胸を見せて、あからさまにガッカリされるのはものすごぉーく不本意なわけで。
その点で考えると、宗親さんは、私の陥没乳首のことも、それに付随する〝エッチのための条件〟も知っていらっしゃるから。
いちいち説明しなくていいの、すごく助かるかも?とも思ってしまった。
今気付いたけれど、もしかしたら宗親さんって、私の方にとってこそ救世主なのかも知れない。
***
「――宗親さん、私の……えっと、そ、そのことに関する条件、ご存知です、よ、ね? それでも宜しければ……ど、どうぞ……?」
(濡れなくて多分出来ないですけどっ)
しどろもどろ、心の中でそんな付け加えを交えつつモジモジしながらそう言ったら、宗親さんが一瞬瞳を見開いてからクスッと笑った。
「確認なさりたいのは性交渉の際、下しか脱がないってやつのことですか? もちろん、存じ上げておりますよ、柴田春凪さん」
やばい。
改めて言葉にされるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
しかもわざわざフルネームを呼んで確認してくるのとか、絶対わざとですよね!?
想像しなくてもいいのに変な絵面まで浮かんで、私はにわかに赤面する。
「そっ、そう言えばっ、きょ、今日は……い、一緒に眠っても平気かどうかを見極めるためだけの一夜ではなかったですかっ」
いずれ手ごめにされるのだからそれが今日でも仕方ないかと、覚悟出来たと思ったのは勘違いでした!
「か、かように眉目秀麗な殿方とわたくしのようなそこいらの町娘が肌を合わせるなどと言った不埒で淫らな所業、お、畏れ多くて滅相もござりませぬっ!」
緊張の余り心の声が時代劇調でダダ漏れしていることにも気付けないぐらい、私はパニックに陥っています!
「まぁまぁ、春凪。落ち着いて?」
さすがの宗親さんも堪えきれなかったみたいにクスクス笑いながら、「どうどう」なんて、まるで牛馬をなだめるような口調で私を落ち着かせようとするの、めちゃくちゃ失礼じゃありません?
「私、すっごく冷静ですっ」
実際は物凄くオロオロしてるけれど、認めるのが悔しいって思ってしまった。
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