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図書館は、基地の奥にあった。
医務室から短時間だけ外出の許可をもらい、
ロボロはエーミールに付き添われてその場所に来ていた。
足取りはまだ重い。
だが、外の空気を吸えること自体が久しぶりだった。
「長くはいません」
エーミールは、歩調を合わせて言う。
「座って話せる場所の方がいいと思いました」
重たい扉の向こうには、
背の高い書架と、落ち着いた照明が並んでいた。
騒音はなく、紙と端末の音だけがある。
「ここは資料保管と、簡易研究用の図書館です」
そう説明してから、エーミールは一冊の薄いファイルを取り出した。
「では、簡単に」
机に腰掛け、ファイルを開く。
「wrwrd国は、軍事国家です。
防衛と抑止を主目的にしています」
言葉は短いが、丁寧だった。
「他国との関係は、正直に言って良好とは言えません。
ですが、全面的な敵対を避けるため、外交は重視しています」
オスマンの名前が、自然に出てくる。
「内部構造は、独裁ではありません。
総統が最終判断を行いますが、
重要事項は複数人で検討されます」
資料の図を指し示す。
「書記長のトントン、
情報部隊長、参謀部、前線指揮官たち」
名前は出すが、評価は添えない。
「完璧な国ではありません」
エーミールは、そこで一度言葉を区切った。
「内部対立もありますし、
判断を誤ることもあります」
それでも、と続ける。
「この国が一つだけ守ろうとしている線があります」
ロボロは、視線を上げる。
「人を、理由なく消費しないことです」
断言ではなく、意志としての言葉。
「兵士は駒ではありません。
失われる前提で配置することは、避けています」
ロボロは、静かに息を吐いた。
研究所では、
人は“結果が出るまでの過程”でしかなかった。
「亡命者についても、同じです」
エーミールは続ける。
「無条件に受け入れるわけではありませんが、
保護の必要があると判断すれば、
少なくとも命は守ります」
“少なくとも”という言葉が、現実的だった。
「あなたの場合」
エーミールは、ロボロを見る。
「過去も、体の状態も、まだ分からないことが多い。
ですが――」
言葉を選ぶ。
「あなたが、ここに来た理由は明確です」
ロボロは、黙って待った。
「生き延びるためです」
それ以上の説明はなかった。
「ですから」
ファイルを閉じる。
「焦って理解する必要はありません。
ここにいる間に、少しずつ知ってください」
ロボロは、書架を見回した。
武器の資料、歴史、戦争記録。
そして、医療や倫理に関する古い書籍もある。
「……この国は」
言葉を探しながら、ロボロは言う。
「人を、信じますか」
エーミールは、すぐには答えなかった。
本棚の一角を見つめてから、静かに言う。
「信じたいと考えています」
即答ではない。
だが、嘘でもない。
「だからこそ、
あなたをここに連れてきました」
ロボロは、小さく頷いた。
まだ、何も分からない。
だが――
知ろうとしてもいい国だ、
そう思えるだけの時間が、ここにはあった。
「そろそろ戻りましょう」
エーミールが立ち上がる。
「医師に叱られる前に」
ほんのわずか、冗談めいた声。
ロボロは、ゆっくりと立ち上がり、
図書館を後にした。