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エージェント67
3話
葬式まで残り一日と二十三時間。
門は奇妙な声を上げながら、夜道を突っ走っていた。
第3話「業火の神」
「臨……兵……闘……者……」
自分でも意味が分からない言葉が口から漏れる。
頭の中が熱く、視界の端が揺れていた。
街灯の光が滲み、道路が波打つように見える。
そして――視界が白く弾け、門はその場に倒れ込んだ。
目を覚ますと、そこは赤い空間だった。
「……ここはどこ!?」
すると、目の前に豪華な火柱が立ち上がった。
「気がついたようですね」
火柱の中から声がする。
「私の名は不動明王でございます。悪霊を焼き祓う神です」
「ふ、不動明王!? 不動明王ってあの……いつも怒ってる奴」
声が下がる。
「わ、私のことそんな風に思っていたのですか。ショックです」
(あれ?こいつ、意外と豆腐メンタル?)
不動明王は咳払いした。
「あなた! 魂取邪王の野郎に怒っていますね」
門は眉をひそめた。
「……怒ってるに決まってるだろ。あいつのせいで……飛鳥が……」
「そう、飛鳥ちゃんがやられたよね。許せないよね? ね?」
門は思わず引いた。
「お、おう! 当たり前だ」
(あれ?なんかさっきから俺の怒りと悲しみが薄くなっていってる)
不動明王は急に真面目な声になった。
「と、とにかく今あなたにはやらなければいけないことがあります」
「なんだ! 魂取邪王を倒せるなら、なんだってする」
「高野山金剛峯寺に来なさい。そこで待ってる」
赤い空間が裂け、炎の光が遠ざかっていく。
「え、ちょ、待っ――」
気がつけば、門は元の路地に立っていた。
門は自分の掌に指を突っ込んだ。
「夢? だったのか?」
(わからない……だが行かないといけない気がするんだ、高野山に!)
門は猛スピードで走り出した。
「車じゃ4時間。遅い! こうなったら走りで車を超える速さで2時間で行ってやる!」
門は走った。
とにかく、門は走った。竜巻を起こして。
「自分のためだ。復讐のためだ!」
靴ずれを起こし、痛くてブチ切れ。石に躓いて転んでも、門は諦めなかった。
――1時間半後。
高野山についた。息が切れ、筋肉が痛んだ。
「ハアハア、ついたぞ! 高野山……」
すると、木の裏に誰かが立っているのに気づいた。
「お前……じゃなかった。あなた、よくここまで来ましたね。さっきの不動明王です」
門は腰を抜かした。
「さ、さっきのは夢じゃないの!?」
不動明王は肩をポンッと叩いてきた。
「ひっ!」
「怖がる必要はありません。私はあなたの味方です。落ち着け……いや、落ち着いてください」
門はさらに後ろに下がる。
「……で、なんの用だよ。不動明王。俺は今忙しいんだよ、復讐で」
不動明王は声を低くした。
「それです。あなたが復讐という道を誤る行為をするのを止めるためです」
その瞬間、門に再び火がついた。
心の芯から、怒りと悲しみが燃え上がってくる。
「俺の復讐劇を邪魔するな……邪魔をするなら、例え神でも許さない」
不動明王は一歩も引かなかった。
「ハァ〜……こうなると思っていました」
すると、不動明王は指を前に出した。
「浄化消火」
指を横にスライドした。
(あれ?なんかまた抜けていく……なんだよこれ)
「怒りが収まりましたね」
「お前、なにしたん?」
不動明王は指を見せた。
「この人差し指であなたの怒りという名の炎を切り裂きました」
門は理解が追いつかない。
「あの、もう一度説明してもらっても?」
「分かりました。なら、小学一年生でも分かるぐらい簡単に説明しますよ」
(そこまででは……)
「つまり、水で火を消すようにあなたの怒りを消した。分かりましたか?」
「あ、うんまあ……」
不動明王は笑った。
「良かったよ。わかってくれて」
門は気になっていたことを勇気を出して聞いた。
「意外と感情が豊かなんですね。もっといつも怒ってばっかりかと思ってました」
不動明王は少し悲しそうに俯いた。
「そう……なんだよね。人間が勝手にそういうイメージで像を作ったから勘違いされているんだ」
不動明王は続ける。
「私、実際に火を操る能力だから余計に勘違いされやすいんだ。火は情熱や強さ、水は穏やかで優しい、風は明るくて軽い、地は重い……っていうイメージも勝手だし。実際、水の女神でもキレやすいのもいたり、暗い風の神もいるし、それと同じ」
門は切なくなった。
「そうだったんですね。なんか、聞いてごめんなさい」
「ええで」
(急な関西弁だな)
「てか今さらっと言ってましたけど、火を操る能力なのですね」
不動明王は頭を押さえた。
「あ、忘れてた。そう、火を操る能力なのよ。浄化の火を出して悪霊を焼き祓ったり、火災を止めることもできます。そしてついた肩書きが――」
「ゴクリ」
「歩く消防車」
門は一瞬、理解が追いつかなかった。
「……え?
歩く……何?」
不動明王は遠い目をした。
「歩く消防車。火災現場に呼ばれすぎて、そう呼ばれるようになった」
門は吹き出した。
「いやいやいや!
神様にそんなあだ名つけるなよ人間!」
「いや、つけたのは四天王よ」
「なにを四天王!」
「アハハハ、おもしろいですよ」
門もつられて笑った。
「ハハ、ホンマにw」
すると不動明王は何かに気づいたように目を丸くした。
「今、笑ったね?」
「うん笑ったよ。つい」
「良かった、良かったよ! ようやく笑顔になってくれて」
門は固まった。
「え、なになに?」
「実は今まで変なことばっかり言ってたのは、あなたに笑ってほしかったからです」
「俺に……笑ってほしかった?」
不動明王は落ち着いた声で言った。
「あなた、飛鳥ちゃんが魂取邪王にやられてからずっと怒ったり悲しんだりして、復讐しか頭になかったでしょ?」
「……そうだけど?」
「自覚はあったのね。でも怒りに呑まれてたら道を誤るだけだから……だから笑ってほしかったのです」
門は静かに頷いた。
「その通りだな……助けてくれてありがとう。でもなんで俺を助けてくれたのですか?」
不動明王は少し顔を赤らめた。
「あなたは熱い心を持っています。さっきだって普通、高野山を1時間半なんて不可能なのに、ボロボロになっても諦めなかった。私はそんな熱い心を持つあなたが好きだった。だから助けたかった。それだけ……だ」
門は一瞬、呼吸を忘れた。
「……好き、って……」
不動明王は慌てて手を振った。
「それは置いといて、今からあなたに力を与えます」
門は驚いた。
「え、いいの? こういうのって大体試練があるものじゃ?」
「本当はそのつもりだったけど、でもあなたは高野山を“心”でたどり着いた強い人。だから試練は免除してあげます。特別ですよ」
不動明王は手を翳した。
「今から波動を撃ち込みます。受け止めてください」
「え、まだ心の準備……いや、いい! 早くしてくれ」
「それ!」
不動明王が手に力を入れた瞬間、門の体が熱くなった。
「お、体が熱い! まるで体調が悪いみたいだ」
「最初はそんなもんよ」
すると、門の手から火が出た。
「うわ、熱い!」
「大丈夫、熱さは感じるけどやけどはしませんので」
「いやいやいや!
火出てるんだけど!?
俺、今、普通に燃えてるんだけど!?」
不動明王は微笑んだ。
「これは怪我をしない、安全な火なので」
「安全な火って何……? 火って普通、危ないやつじゃん……?」
「説明が足りないのね。これは私の“悪霊祓いの炎”。つまり悪霊にだけ効くよ」
門は両手を見つめた。
「じゃあ、この力で魂取邪王を……」
「可能性はあります。ですが……」
不動明王は一瞬、額に汗を流した。
「なんだよ」
「いいえ、なんでもありません。そんなことより時間がありません。行きますよ」
不動明王は振り返り、その瞳には迷いがなかった。
門も深く息を吸い、燃える手をぎゅっと握りしめた。
「……わかった。行こう、不動明王」
不動明王は静かに頷いた。
「さあ、この高貴なる神である私が直々に審判を下しに行きます。魂取邪王め、覚悟しろよ!」
その声で、門は確信した。
(これこそ、イメージ通りの不動明王だな)
二人は走り出した。
「待ってろ、魂取邪王。俺の……俺たちの復讐劇に行くぞ」
――一方その頃、鳥取県鳥取市。
鳥取砂丘の上に、邪悪な影が立っていた。
「……復讐に満ちた人間と業火の神か。ヒャッハー! テンション爆アゲだぜ」