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「お前さ、八木さんのこと好きになったの?」
低い声が真衣香の身体を這うようにして、耳に届く。それと同時、肩を痛いほどに掴まれ、ぐるりと身体の向きを変えられた。
「きゃ!? い、痛……っ」
声を発したが、ドン!と、響いた音と衝撃で弱々しく消えていってしまう。
背中に痛みを感じながら、真衣香は自分が壁に押さえつけられていることを理解した。
「な、なんで……」
「あの人いつもあんな風にお前に触るの? なぁ、お前はそれを許してるの?」
抑揚のないそれは思い返せばいつも、彼が心に怒りを持っている時に現れている気がする。
「つ、坪井く……、なんで」
驚愕しながらもようやく名前を呼ぶと、坪井は鋭く細められた目で真衣香を見据えた。
至近距離で揺れる瞳は、まるで漆黒。そう見えてしまうくらいには何も読み取ることができない。
数秒の沈黙の後。真衣香の肩を掴んだまま、もう片方の手を耳のすぐ隣で壁に打ち付けた。
また、鈍い音が響く。
「どうしたらいい、俺」
「……坪井くん?」
感情のなかった声に、弱々しさが宿った。声が少し、震えている。
「わからないんだよ」
「な、何が? ねえ、坪井くん」
腕を上げて、坪井の胸元を押し返そうとするがビクともしない。
「あれからずっと怖い」
「ちょ、ちょっとほんとにどうしたの、坪井く……」
「やっぱ今回も好きだと思えなかったって、それで終わりで、いつもそうだったのに。 なのに、なんでお前は違うの」
真衣香の目の前で、苦しそうに声を絞り出す姿。
漆黒だと感じた瞳は、今はゆらゆらと揺れて真衣香の姿を映している。 彼の心の中が揺れているように感じた。
「……耐えられない、お前にこうやって触るのも」
俯いた坪井の頭が、真衣香の肩に乗せられた。
感じる重み。悔しいけれど嫌悪感を感じることが、できない。
「抱きしめるのも、全部俺じゃないと嫌だって……、なんで、こんなこと思うなんて」
独り言のように繰り返される言葉の意味を知りたくて。
真衣香は肩に押し付けられている坪井の顔を覗き込もうと、もぞもぞ動いた。
すると、まるでそれを合図にしたかのように後頭部を掴まれる。
くしゃり、と髪の毛が乱される音を聞いた。
坪井の胸に顔を押しつけられ息苦しさを覚えた直後だ。
顎に手を添えられ上を向かされる。
腰には手を回され、背中には壁。
囲まれているような圧迫感。
ゆっくりと、顔が近づいて、吐息が触れて。
唇が押しつけられるまではゆっくりと、まるでスローモーションのように真衣香の瞳に映像が流れた。
しかし。
「ん、んん……、やっ」
いざ唇が触れ合うと、まるで貪るように乱暴なキス。
何度も深く、そして角度を変えて繰り返される。
嫌がり、顔を背けては、押さえつけられ動きを制される。
身動きが取れない恐ろしさと、彼のキスを受け入れようとする自分が相反して闘っているように思えて、真衣香の頭は混乱していた。
「や、坪井く……、んっ、やだ」
何度訴えても力は緩まらず。狭い給湯室に、ついには水音が響く。それが絡み合う舌から溢れ出るものだと理解してしまったなら、真衣香の背筋に刺激が走った。
ガクリ、と力が抜け膝が折れた。
それを抱えるように抱きとめた坪井が、真衣香の身体を掻き抱く。
「ごめん……立花、ごめん……」
真衣香は息を整えながら、その声を聞いた。
「俺、お前のこと大好きだ」