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坪井が発した言葉を、真衣香の頭が理解するまで数秒かかった。
「……な、なに言ってるの?」
返す言葉が、思い通りには喉を通り抜けなくて。やけにかすれた音になる。
「ねえ、なに言ってるの坪井くん……」
声も、手も制御できないくらい震えてる。
「ごめん、わかってる。 今更だって、わかって……言ってる」
語尾が弱々しく、迷いながらの言葉。
抱きしめる力を緩め、ゆっくりと坪井が真衣香の身体を離した。
二人の間に少しだけ距離ができると、真っ先に坪井は真衣香の表情、その変化に気がつき怯んだように動作を止める。
大きく目を見開き、肩を掴む指をピクリと揺らして。
「……な、泣かないで! ごめん。 ほんとごめん、聞いて立花」
言われて気がつく。
霞んだ視界が、涙のせいだと。
「……な、泣かないでって、何? ねえ、やめて、ふざけないでよ坪井くん……これ以上振り回さないでよ」
声を出す分だけ、涙が次々に溢れて流れ落ちる。
それを恥ずかしいとも思えず、隠したいとも情けないとも考えられず。
ひたすら目の前に立つ人物を否定したくて。声を、止めることができない。
「……っ、ごめん……」
そんな真衣香の言葉に対して、ただ謝るだけ。切なそうに、苦しそうに顔を歪ませる。
(どうしてそんな顔するの? どうして?)
「どうして? 八木さんがいっぱい助けてくれて、ずっと迷惑かけながら! 忘れようって私ずっと必死だったのにどうして? 坪井くんの気分次第でこんなに、こんなに振り回されなくちゃいけないの!?」
どうして?ばかりが、頭の中でまわり続ける。
力任せに叫んだ声は醜く割れていて、けれど制御することができない。初めての経験だった。言葉を選ばず叫び続けるなんて。
「もうやだ、お願い、もう嫌なの、触らないで……!」
腕を振り上げ、坪井の胸を叩いた。
何度も繰り返し、力を込めて。
「……立花」
ドンドンと拳を打ち付けられて、けれど、されるがまま坪井は真衣香に呼び掛ける。
喉が痛くなるくらいに叫び続けている真衣香とは対照的に坪井の、その声は小さく弱々しい。
しかし、今の真衣香にはそれを気遣う余裕など持てなくて。
「嫌い……」
「え?」
不意に出た言葉。振り下ろされる真衣香の攻撃を受け止め続けていた坪井が、その手を掴んで聞き返した。
動きを制御された真衣香。
けれど真っ直ぐに目を見つめながら、もう一度、今度は大きな声で言い放った。
「坪井くんなんて、大嫌い……!」
乱されて、どうしようもなく荒む心。
本当は、はち切れそうなほど心臓が脈打ってる。
あのキスに、あのまま溺れてしまえたらと思った自分がいた。確かに、いたから。
『大嫌い』は、まるで祈りだ。きっと、そうなればいいと願う感情だった。
言葉にしたなら真実になって。この苦しさから逃れられるのではないかと、思った。
(だって……、もし)
もしも、この言葉を受け入れて。
またすぐに、あの日のように冷たい笑顔を向けられたら次こそ、きっと次こそ……
立ち上がれない気がするから。
掴まれていた手首を振り解き、動かない坪井の横を逃げるように通り過ぎた。
そのまま給湯室を飛び出し、フロアの外を目指すが……。
真衣香がドアを開くよりも先に、ガチャリとドアノブが捻られ八木が戻ってきてしまった。