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「じゃあ行ってくるね。」
「ああ」
こちらに出発の挨拶をいつもの淡々とした声で兄貴は投げてきた。
俺はそれにそっぽを向きながら応えた
今日から兄貴は何日か仕事で家を開けるらしい。
後ろで無慈悲にしまる扉、俺を拒絶しているようにも聞こえる音。
そんな音を聞いているといつもこう思う。
―ほんとうに、俺は兄貴に必要とされているのだろうか?
って
俺は幼い頃から暗殺者として育てられてきた。
その育てられてきた過程で、ほとんどの人間は俺を俺個人として見ず、恐れるか、ただ淡々と接するかしかしなかった。
なぜ恐れていたかって?
……母さんいわく、俺が暗殺者としての才能を持ちすぎているから、だってさ。
兄貴がほかの兄弟の誰よりも俺に目をかけてくれているのも、素質が人よりあるからって理由が一番なんじゃないかって思う。
そう思うと、何故か悲しい
胸の奥がギュウってなって、苦しい
……こんな感情、しらない。
ただ親から、兄弟から世間から…家から。
期待されている存在、それが俺。
そんな存在に存在自身の意思はあるようでなくて、あっても意味をなさないんだ。
他人にわかってもらえず、誰にも聞き入れられることもない、期待を裏切らない事だけを強要された者の意思など。
そして何もかも取り上げられた、自由でさえも。
けど、こんな扱いを受けてるこんな存在なのに、兄貴だけが違った気がする
最初から俺のことを俺個人として見てくれていた
まあ兄貴なんだから弟をそう見るのは当たり前なんだろうけど。
それに、兄貴にとっても俺は特別だ。
兄貴は、俺の前でだけ見せる仕草がある。
それは俺を見て髪をいじる癖。他の家族がいるとやらないのに、俺だけを見て俺の前だけでその癖は出る。
それをこの前兄貴に指摘したら、自覚はなかったらしい。
他の家族が知らない兄貴を俺だけが知れている優越感に浸ることができる。
俺だけに見せてくれる特別な仕草。
そんなこんなで俺のことを一番わかってて俺も兄貴のことをよく知っていて
親よりも関わりの深い兄貴に、いつしか兄貴という好きではないものまで芽生えてきてた。
俺はなんて―
―なんて哀れなんだろう。
兄弟にこんな思いを抱くなんて馬鹿げてる。
兄弟では決してしてはいけない行為をするなんて愚かだ。
けど俺はそうする事でしか俺が俺であるという実感が、俺として生きているという意味が……見いだせなかったんだ。
兄貴の瞳は、ちゃんと俺だけを映してくれていた。
俺という個人を
俺も兄貴のとても美しいその手や、髪や、目が、好きだった。
誰にも渡したくないと思えた。
はたから見ればありえないことだろ?
どうせお前らにはわからない
俺を俺として、俺個人として見てないお前らなんかには。
俺には兄貴しかいないんだ
なのにその兄貴まで最近仕事と家の奴らに取り上げられている気がする
……許さない
俺から俺の存在意義を、奪う奴らは許さねぇ
もう、イル兄が足りなくて限界だ…っ!
そうして気づいたらもう何日もたっていて、その間俺は仕事もこなして普段通り生活していたらしいけど、そんな記憶はない
覚えているのは、今日兄貴が帰ってきたことだけ
音もたてずドアを開けて帰ってきた兄貴は、血にまみれて怪しく美しく俺の瞳に映った。
そんな兄貴が風呂で血を落として出てきて、さらさらの黒髪をうざったそうに掻き上げこちらに少し目線をくれてから、俺の横を通り過ぎた。
またあの癖だ。そんな癖ですら様になるんだから兄貴は羨ましい
気づいたらその気だるげで無機質な後ろ姿に駆け寄ってしがみついていた。
兄貴は足を止めて肩越しに俺を見た
「どうしたの?キル」
―どうしたの?
どうしたもこうしたもない
ただただ兄貴が足りなくて死にそうだっただけだ
俺はしがみつく力を強めるだけで何も言わない
そんな俺を真っ黒な瞳でじっと見つめて、大きな綺麗な手で頭をなでてきた
まるであやすような仕草、俺はもうそこまで小さくないのにな
「何か言ってくれないと分からないよ?キル?」
優しい仕草とは裏腹に、冷たく感情のない声が呼びかける
そんな事分かってる。
けど素直に言うことは俺の羞恥心が許さなかった
だからただただ力を強めることしかしなかった
やがて諦めたのか兄貴は俺を片手で持ち上げて部屋まで連れていってくれた。
部屋についたら俺をベットの上に下ろして、その隣に兄貴も座った
ここまで来ても何も言わない兄貴は手を頭から背中までゆっくり往復させた
そしてもう一度聞いてきた
「……で、何の用だい?キル。キルから俺に触れてくるなんて珍しすぎて、少し驚いたよ」
そこでようやく、声を発するために酸素を吸い込んだ
「別に、ただ。」
出たのは言い訳がましい言葉とかすれた弱々しい声
それでもなお気にしてないふうに兄貴はその先を催促する
「別に?」
「ただ……た、だ……」
そこから先は、言ったらダメな気がした
言ってしまったら、俺自身を自分だけで支えられなくなってしまうから。
そうして息苦しい沈黙が部屋に落ちた。
どのくらい経っただろうか、時間の流れが遅く感じる。
すると、ふいに俯いていた俺の顔を兄貴の手が捉えて上向かされた
そうして兄貴の秀麗な顔に至近距離から覗かれる形になった
兄貴の真っ黒な瞳に映るのは目を見開いて間抜けな顔をした俺だけになっていて、久しぶりに兄貴の瞳に俺個人が映っているという感覚だけがあって、無性に嬉しくて、嬉しくて。
「さっさといいなよ、キル。俺も気が長いほうじゃないんだけど」
両頬を挟んでいた左手が俺の輪郭をなぞり首筋と鎖骨を通り肩にいく
残った右手は同じように輪郭をなぞったが顎で止まりその指は先を促すように唇を撫でた
普段なら羞恥か恐怖で硬直するのに、今はそれを感じる前に歓喜で顔が歪んだ
ああ……これだけでもう死んでもいいかも
甘やかな感覚に麻痺し、震える唇をなんとか動かして言葉をつむぐ
「ただ…ただ……」
ただ、その先が言えずにどもっていると目に溜めていた涙が頬を伝った
苦しさの、限界だった
その光景に兄貴は驚かず、涙をキスですくい上げる
俺はその行為にまた驚く、と同時に流れる涙が増えていく
そんなに優しくすんなよ、兄貴
視界が歪む、泣きたくて泣いてるわけじゃないし別に悲しくもない。
俺に優しくする必要も無い
そう言いたいのに、言えない
口からこぼれるのは震える息としゃっくりだけで、凄くもどかしい。
ぬぐっても止まらない涙をキスですくいあげ続ける兄貴の唇はどんどん下がってきて俺のしゃっくりごと飲み込んだ
―イル兄の味がする
久しぶりのイル兄の、味だ
体中が歓喜に満ち溢れ、不足分を貪ろうと勝手に動く。
イル兄の首に腕を巻き付けて自分から繋がりを深く濃いものにしていく
苦しくなっても気にしないほど、貪った
やがて自然と補給の時間は終わりを告げる。
銀色の細い糸をプツンと切って離れた距離
涙とキスの余韻でトロンとした俺の瞳をイル兄がまたのぞき込む
―あぁ、この瞳だ。
俺はこれが大好きで、イル兄の瞳に映ってるってだけでどうしようもなくて、見惚れたまま戻れなくなる
「自分から深くしてくるなんて、本当にどうしたの?」
俺の口元を濡らしてるだ液を指でぬぐいながら言われた。
そんなの自分にだってわかんない
なのにイル兄は問い詰めてくる。
「……ほら今度こそちゃんと言えるだろ?」
そのイル兄の言葉にふやかされた脳は抵抗力を持たず、答えようと本心が溢れる
「あ、にきが……最近忙しくて……」
「うん」
「構ってくれなくて……さび、しくて…兄貴を取られちゃった気がして…」
「うん」
「……イル兄、が……足りなかった……から」
「……」
「が、まん、出来なかっ…たぁ……っ!!」
そのままイル兄にしがみついて、どうしようもなく泣けてきて
ああ、もう無理だ
我慢してたのに、必死に隠していたのに、もう終わりだ、何もかも。
頼らまいと、依存しまいと頑張ってきたのに
無理して張っていた虚勢は、キス一つでいとも簡単に崩れ落ちてしまった
……そんな浅ましい自分が嫌いだった、なのにそんな自分をイル兄に知られた
こんな気持ちの悪い弟を、イル兄はどう見るのだろう。
怖い、こわいこわいこわいこわい
涙を必死で両手で拭う
歪んだ視界がさらにぼやけてもう何もかも見えなくなった
すると、頭になにか柔らかく暖かい感触が落ちてきた
っだから!!お願いだから!これ以上優しくしないで……っ!!!
優しく無慈悲な手をどけようとしたが逆に手首をつかまれた
なおも抵抗しようとする俺の腰に腕を回してきた。
突然の浮遊感、そして着地
今度は全身に暖かい体温
―強くない、ゆるい抱擁
それだけでまた涙は洪水を起こし始める。
そしてまた唇に柔らかい感触
今度はさっきよりも激しくきつく絡む
もう顎から滴り落ちるのは唾液なのか涙なのかわからないくらいグチャグチャだ
「っは……い、るにぃんん……っぁん」
嫌なのに、本気で拒めない。
俺のくぐもった甘い声だけが部屋を独占し、聴覚を犯した
さっきイル兄の膝の上に移動させられた俺は、なす術もなくイル兄にしがみついて口付けに溺れた
さっきよりも長いキスを終え、酸欠になった俺はベットに静かに押し倒された
「大丈夫、安心しなよ、キル。いつだって俺の一番は、キルだから」
まるで洗脳のように囁かれた言葉
こんなことを言われて、自分で本心をさらけ出して……もう後戻りは出来ないし、本当はイル兄に依存しなくちゃ生きていけないことなんて、前々からわかってて拒絶していたはずなのに
ここで今、自分の依存性を認めなくてはいけなくなった。
何もかもイル兄や家の奴らのせいだ
だから俺はイル兄にこう言うんだ
「…っ嬉しい」
本心からの笑顔なのにぎこちなくなってしまった俺の表情をじっと見つめたイル兄は俺の頭から何かをとった
それが何なのか認知する前に首筋に噛み付かれて体がビクついた
これからされることに、俺はきっと何も抵抗をしないのだろう
俺はもう、イル兄に依存することに決めたから―
そう考えた時、俺の中で初めて『違う』という反抗、違和感を覚えたが
そんなこと、もうどうでもよくなっていた。