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✧≡≡ FILE_026: 救急 ≡≡✧
サイレンの音が、遠ざかる街を切り裂いていた。
担架に乗せられたコイルの胸は、上下していない。
酸素マスクの下、顔には細かな裂傷。右腕は焼けただれ、白衣の裾はほとんど燃え落ちていた。
フラッシュは、担架の横にしがみつくようにして付き添っていた。
口を開いても、声が出なかった。
“起こしたのは自分だ”という思いが、喉を塞いでいた。
「バイタル低下!SpO2、88%!」
「出血量、多すぎる……このままだと……!」
「すぐに処置室を確保!胎児モニタリングは!?」
その声を聞いた看護師が、血相を変えて叫ぶ。
「──お腹の中の赤ちゃん、生きてます!心拍確認!」
フラッシュは顔を上げた。
「……っ、助けてください。彼女を、どうか──!」
医師の声が返る。
「母体は厳しいな……長くは保たないだろう……今すぐ、帝王切開を始める。搬入後、即手術だ!」
担架が病院の自動ドアを越える。
[ロンドン総合病院/搬入口前/1階ロビー]
深夜0時──
回転扉が、乱暴に動く。
駆けつけたのは、キルシュ・ワイミーだった。
コートの裾が風に揺れ、足取りは速く、受付を通さずにまっすぐ看護師のもとへ向かう。
「彼らは……どこだ」
看護師が指をさす。
その先──手術フロアの控室。
ワイミーは、扉を開けた。
[控室]
そこにいたのは──フラッシュだった。
薄暗い灯りの中、椅子に座り、上着を脱いでもいない。
背中を丸め、両手で頭を抱えるようにして、沈んでいた。
ワイミーが立ち止まった。
「…………」
その空気を感じ取ったのか、フラッシュが顔を上げた。
青ざめ、目は赤く、頬には涙の跡が乾いていた。
何かを言おうとして、声が出ない。
唇が動いた。
「おれ……」
立ち上がろうとするが、足がもつれる。
「おれの……」
「…………」
「……おれの、せい……っ」
震える声が、喉の奥から、喉を裂くように漏れ出す。
「おれが……あんなのを……やらせた……! コイルも……ドヌーヴも……!!」
彼は、ワイミーの胸にしがみついた。
掴んだコートの布が、しわになる。
その手は震えていた。指先に、力が入らない。
「お願いです、ワイミーさん……なんとか……なんとかしてください……!」
「……」
「おれ、なんでもしますから……! なんでもするから……戻ってきてよ……」
ワイミーは、何も言わずにゆっくりと腕を持ち上げた。
そっと、その背中を抱きしめる。
語る言葉はなかった。
ただ、嗚咽だけが、夜の病院の廊下に、切れ切れに響いていた。
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