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✧≡≡ FILE_027: 光の子 ≡≡✧
[病院スタッフステーション]
事故から数日後の夜。
ロンドン総合病院、新生児病棟。
廊下は消毒液の匂いがほのかに漂っていた。
午前2時──空気は眠ったように静かで、時間の流れだけがゆっくりと進んでいる。
ナースステーションの奥。
看護師たちがカウンター越しに、声を潜めて話していた。
「……あの赤ちゃん、見た?」
看護師がひそひそ声で言った。
「誰?」
「ほら、あの研究所で事故があって──」
「ああ、“ローライトさん”の?」
「そうよ。放射事故で運ばれて……あれだけの光を浴びてたのに、赤ちゃんは生きてるって奇跡よね……」
「でも、母親の方は──」
「ええ、昨晩亡くなったわ……」
しばし沈黙が落ちた。二人ともその続きをすぐには口にできなかった。
「そう……」
やがて、一人が口を開けた。
「──まさか、本当に会えずに終わっちゃうなんてね……思ってもみなかったわ……」
もう一人の看護師が、小さく息を吐いた。
「……出産は命懸けなんていうけれど……ああいうお別れのしかたは……したくないわよね」
「そうね。子どもだけ助かったなんて……。子供にとってもショックでしょうね……」
「しかも、赤ちゃんは生まれてすぐ“心臓麻痺”だったんですって」
「えっ……?」
「12月出産予定だったのに、10月に早期出産──あんな事故じゃすぐ出産も仕方ないけれど……臓器が未完成だったみたい。特に“心臓”と“脳”が──今も、後遺症が残ってるらしいの。脳も心肺機能も。完全じゃないから、気管挿管で繋がれてる……息をするのも、機械の助けを借りてね……」
「それでも、生きてるんだもの……すごいわ、あんな小さな身体で」
しばらくして、一人の看護師が机に肘をつき、額に手を当てた。
「……私、何度か定期検診のとき、担当したから……胸が苦しいわ……。“この子に世界を見せてあげたい”って、話してたのに……神様って本当に意地悪ね……」
「……あの子、名前もないんですって?」
「女の子だったら、“ルミエル”って名前がもう決まってたのにね。“エコー外れた”みたい……」
「……名前もなく、生まれてきたなんて……」
「親にも抱かれず、名も残されず、この世にだけ残されるなんて……あまりにも、酷い話よ……」
「一体、誰が“彼”に名前をつけてあげるのかしら……」
「……あの光の中で、生まれてきた奇跡の子なのにね──」
──ガラス越しの保育室。
並ぶ保育器のひとつで、赤ん坊がすやすやと眠っていた。肌はほんのり赤く、小さく、透明なほど薄い身体。だけど──どの子よりも、確かに“生きていた”。
「この子……光の中から、生まれてきたのね」
誰かが、そう呟いた。
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