テラーノベル
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病室の空気が、一瞬で氷点下まで下がった。
ナース服を揺らして歩み寄ってくる女——ミチル。
10年前、美波たちのいじめに耐えかねて校舎から飛び降り、死んだはずの少女。
私に「遺書」を託し、私の復讐心の種を植え付けたはずの、あの悲劇のヒロイン。
「……ミ、チル……?なんで…死んだんじゃ…っ」
掠れた声が震える。
ミチルは、点滴スタンドを静かに私の枕元へ引き寄せた。
マスク越しでもわかる、三日月のような不気味な笑み。
「死んだことにしないと、物語は面白くないでしょ?……栞ちゃん、あなたが私の代わりに美波たちを壊してくれるのを、特等席で見ていたのよ。…美波の絶叫も、愛華の狂気も、全部最高のご馳走だったわ」
ミチルが手に持っていた注射器を、私の点滴の管に近づける。
中には、無色透明な液体。
「愛華や結衣は、ただの『お掃除係』。あの子たちにパンドラの断片を与えて、あなたを焚き付けさせたの。本当のパンドラはね、人の心の中にある『復讐の連鎖』そのものなのよ」
ミチルの細い指が、点滴のロックを外そうとする。
「栞ちゃん。あなたは復讐を遂げて、ヒーローになったつもり?違うわ」
「あなたは、私のために手を汚してくれた、最高に便利な『道具』だったの。……でも、道具は使い終わったら、捨てないとね」
私は必死にナースコールへ手を伸ばそうとしたが、ミチルがその手を冷たく押さえつけた。
その力は驚くほど強く、到底、元「被害者」とは思えない執念に満ちていた。
「大丈夫。これはすぐ楽になれるお薬。…あなたが死ねば、この事件は『悲劇のヒロインが、心の傷に耐えかねて自ら命を絶った』という、完璧な結末で封印されるわ」
その時
背後のテレビが、砂嵐と共に激しいノイズを上げた。
消滅したはずのパンドラのロゴが、画面いっぱいに赤く点滅する。
【Warning:権限の競合】
真の管理者のログインを確認しました。
ミチル様。あなたの『脚本』に、一箇所だけ誤算があります。
「……な、何よこれ」
ミチルの動きが止まる。
病室のスピーカーから聞こえてきたのは、ノイズ混じりの、けれど聞き覚えのある少女の声。
『……ミチル。あなたは私を「お掃除係」って呼んだわね。でも、掃除機は時々、飼い主の指まで吸い込んじゃうのよ』
結衣の声だ。
爆発で死んだはずの結衣が、ネットワークの深淵から、ミチルのシステムに逆襲を仕掛けていた。
病室の電子錠がガチャンと閉まり、室内の照明が赤く明滅し始める。
「結衣……!?生きていたの……!?」
ミチルが狼狽え、スマホを取り出そうとした瞬間、私のスマホが再び震えた。
【栞へ:最後の共闘】
この女を、病室から逃がさないで。
彼女が10年間隠し続けてきた『本当の罪』を、今ここで録画しなさい。
私は、震える手でスマホのカメラをミチルに向けた。
ミチルの顔が、初めて恐怖で引き攣る。
被害者という聖域に隠れていた怪物が今、白日の下に晒されようとしていた。
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