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たかひろカフェに行ったのは、よく晴れた冬の日曜のことだった。

ガラス扉には相変わらず「UNDER CONSTRUCTION」の張り紙があったが、私はかまわず扉を開けて中に入った。

日曜日の昼間だというのに、私以外の客は見当たらなかった。店内には4匹のたかひろと、あごひげを生やした店主が一人いるきりだった。

もっとも店全体をよく見れそうな中央の席に座ると、店主が注文を取りに来た。

少し鼻の大きい彼は、よく晴れた冬の日曜にふさわしい微笑を浮かべた美青年だった。

「ホット・コーヒーを」と私はメニューも見ないで言った。

私にとって大切なのは唐澤貴洋を眺めることだったのだから、飲み物なんてどうだってよかったのだ。

「コーヒーでしたら」、店主は整った顔立ちに愛想のよい笑みを浮かべながら言った。

「当店自慢の《カラ・ルアク》など、いかがでしょう」

「カラ・ルアク?」、私は耳慣れない単語を繰りかえした。

「唐澤貴洋の糞からとれるコーヒー豆を使用したものです」、店主は私に説明した。

「たかひろにコーヒーノキの実を食べさせ、消化されずに糞と共に出された種子を豆として利用したものですよ」

「たしか、ジャコウネコのもので似たようなコーヒーがありましたよね」と私は頭の片隅にある記憶をたぐりよせながら言った。

「それと原理は同じです」、店主はにっこりほほ笑んだ。「独特の風味が楽しめますよ」


《カラ・ルアク》を注文した私は、たかひろをじっくりと観察することにした。彼らはまったくもって無邪気な顔をしていた。

「外見:親の庇護のもと甘やかされていそうな顔つき」とウィキペディアには記述されていたが、なるほどそのような容貌である。

たかひろ達は部屋の中で寝そべったり、アイスを食べていたり、遊んでいたりした。

壁に貼られたロリドルのポスターを凝視しているたかひろが一匹いるが、おそらくあれがロリコンたかひろなのだろう。


店内に足を踏み入れたときからそうなのだが、たかひろたちは私に特に注意を払う風でもなかった。

彼らは私のことを、道端の石ころか何か程度にしか思っていないようだった。

寝そべっていた一匹のたかひろが、のっそりとした仕草で起き上がった。

どうするのだろうとみていると、彼はキュムキュムと歩いて、カフェの隅に置いてある、動物を模したバネ仕掛けの乗り物――公園によくある遊具だ――に乗った。

たかひろも運動をするらしい。その青いウサギのような形の動物が、バインバインと前後に揺れているのを私は眺めていた。

アイスを食べ終えたたかひろは、ガジガジと棒をかじっている。床に転がっているたかひろは大きなあくびをして、ポリポリと尻を掻く。

ロリコンたかひろはいまだにポスターを凝視していた。スーツのズボンにテントを張った彼は、ぽかんと口を開けて、あどけない笑みを浮かべた少女を見つめていた。

4匹のたかひろの中で彼だけが、私が店に来てから一度も身動きをとっていなかった。


「彼はいつまでああしているんでしょう?」

店主が《カラ・ルアク》を持ってきたとき、私はロリコンたかひろを指さしてたずねた。

「いつまででも、ですよ」と店主はカップを置きながらこたえた。

「たとえそれでむなしく一日が終わったって、彼はそんなこと気にも留めないんです」

「無能な生き物だなあ」

「永遠の臥薪嘗胆の日々。それが彼らの魅力です」

店内にBGMは流れていない。壁掛け時計の秒針の音と、時折たかひろたちがモゾモゾ動く音だけが響いている。

アイスの棒をかじっていたたかひろが、他のたかひろに尻をふってみせた。セックス・アピールだろう。

もう一匹のほうもその気になったらしく、彼らはディープ・キスをはじめた。

「今日は静かですね?」、私は舌を絡めあうたかひろたちを見つめながら店主に言った。

「最近はこんな調子ですよ」と店主は肩をすくめた。

「たかひろブームも去ったようです。みんな結局、イヌやネコが見たいんでしょう」

「でも見ごたえのある動物だ」と私はホモ・セックスをはじめたたかひろたちを見ながら言った。

全身から滝のように汗を流しながら盛り合うその姿は、実際見ごたえ充分だった。

「そう言っていただけるとなりよりです」と店主は微笑を浮かべた。

「唐澤貴洋の尻には母性を感じる」

「僕もそう思いますよ」、店主はバックヤードへ去りながら言った。「ときどき、あの尻を枕にして昼寝してみたくなります」

腰を振っていたたかひろが、ひどく切なげな表情で身を震わせた。どうやら精を出し終えたらしい。

残りの2匹は何をしているのだろうと目をやると、一匹はまだロリドル鑑賞をしており、もう一匹はあいかわらずバインバインと前後に揺れている。

彼らの中では、時間というものはいったいどういった構造で流れているのだろう、と私は首をかしげた。


《カラ・ルアク》はカップの中で湯気を立てて存在していた。

その色は用水路の底にたまった汚泥のようで、立ち上る香りはもう何年も掃除されていない公衆便所のようだった。

つまり非常に不味そうなわけだが、毒でもないだろう。

どうせ注文したのだし、と一口カラ・ルアクをすすってみた。

ブラックなのに妙に甘味を含んだコーヒーだった。たかひろの尻のように、どこか母性を感じる懐かしい味わいだった。

なるほど確かに独特だな、と私は頭の隅で思った。

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