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「そうだよね」
こちらを見た玲の目が潤んでいるのを見て、仁太も泣きたい気持ちになる。だが、ぐっとこらえて言った。
「そうだ。この部屋、このままにしておいて、いつでも遊びに来ればいいよ」
「いいの?」
「もちろんだよ。姉ちゃんたちだってそう言うに決まってる」
「それなら、うれしい」
そう言いながら、目からぽろりと涙がこぼれ、玲は慌てて指でぬぐった。
昼食のとき、玲が話をすると、やはり寂しがりながらも、姉も賛成してくれた。親子は一緒に暮らせるなら、それが一番だし、ここは第二の家だと思っていつでも遊びに来ればいいと、仁太とほぼ同じようなことを言った。
その後、玲が美鈴に話をして、玲が引っ越す日取りもすぐに決まった。当然ながら、美鈴はとても喜んでいたという。
玲がこの家からいなくなってしまうのだと思うと、たまらなく寂しい。玲が北海道に行っている間も寂しかったが、いずれ帰って来るとわかっているから、なんとか我慢できたのだ。
とはいえ、何も永遠の別れになるわけではない。毎日学校に行けば会えるし、一緒に遊びに行ったり、ときには泊まりに来てもらうことだってできる。
何より、これは玲にとって、とてもいいことなのだ。悲しんでばかりいないで、残りの日々を大切に過ごそう。
仁太は、そう心に決めた。やがて、二学期が始まった。
始業式の朝、いつものように目覚まし時計のアラームで目覚め、着替えて廊下に出ると、少し遅れて、玲も出て来た。
「おはよう」
「おはよう。ちょっと眠いね」
髪に寝癖がついているのがかわいい。こんな姿を見られるのも、あと数日なのだと思うと感慨深い。
順番に顔を洗って身支度を整え、キッチンに行くと、すでに父と兄は食事を始めている。
「おはようございます」
「おはよう」
すかさず、姉が二人の朝食を運んでくる。
「少し遅いわよ。遅刻しないように急いで食べなさい」
「はーい」
手を合わせていただきますをしてから、二人とも食事に取りかかる。いつものように、最初に味噌汁を一口飲む玲を、仁太は横目で見る。
玲が好きな味噌汁の具はキャベツだ。目玉焼きよりスクランブルエッグが好き。サラダは、いつもプチトマトから食べる。
父と兄は、一足先に食事を終え、空いた食器をシンクに運ぶと、あわただしく出かけて行った。
二人も、空いた食器を運び、玄関に向かう。
姉が、いつものように玄関までついて来て見送ってくれる。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「はい。行って来ます」
「行ってきま~す」
玄関を出て、通りに出ると、しばらく築地塀に沿って進み、やがて右に曲がる。しばらく行くとコンビニがあり、駅はその先を曲がったところだ。
二人の通学カバンに提げられたパンダのキーホルダーが揺れている。仁太の宝物の一つだ。
歩きながら、玲が言う。
「今日は始業式だけなんだっけ」
「あと、宿題を提出したら終わり。あっという間に放課後だね」
「その後どうする?」
「街をぶらぶらして、どこかでランチしようか」
「いいね」
いつものことだが、朝の電車はとても混んでいる。揺れるたび、玲と体が密着して、うれし恥ずかしい数分間だ。
玲が引っ越したら、仁太は一人でこの電車に乗って行くことになる。とはいえ、玲がうちで暮らすようになるまでは、一年以上ずっとそうしていたのだから、ただ元に戻るだけなのだが。
「うわっ」
電車がカーブで大きく揺れて、玲が胸に飛び込んで来るような格好になった。
「だっ、大丈夫?」
玲は元の体勢に戻ろうとするが、人に押されて動けない。
「ごめん……」
間近に迫った玲の頬が赤い。恥ずかしそうにうつむく玲を抱きしめるわけにもいかず、気まずいまま、次の駅まで行った。
放課後は、本屋やパソコンショップをのぞいた後、駅ビルの地下のフードコートに行った。
「ここ、なんだか懐かしいね」
「そうだね」
二人が親しくなって、初めて一緒に来たところだ。ここでランチを食べることにする。
あのときは、一緒にジュースを飲むだけでもドキドキしたのだったが。
「何にしようか」
「うーんと……ハンバーガーにしようかな」
「いいね。僕はチキンフィレバーガーにする」
「じゃあ僕は、ベーコンチーズバーガー」
「あと、ジュース」
あのときと同じ、フレッシュオレンジジュース。
仁太は、ハンバーガーを頬張る玲を、脳裏に焼き付けるようにじっと見つめる。もちろん、これからだって何度でも一緒にハンバーガーを食べることはできるだろうが、仁太にとっては、ひとつひとつのシーンが大切な宝物だ。
目が合うと、玲がにっこり笑った。かわいい。やっぱり大好きだと思いながら、仁太も微笑み返す。
そして、玲が江崎家を去る前日になった。その日は休日で、家族そろってパーティーをすることになり、姉は準備に余念がない。
仁太と玲も、料理の手伝いをする。
「特上のお寿司もいいかなぁと思ったんだけど、やっぱり玲くんには私の手料理を食べてもらいたいと思って」
「ありがとうございます」
姉の言葉に、早くも玲は目を潤ませている。仁太は、明るく言う。
「お寿司は、今度玲くんが遊びに来たときに取ればいいよ」
「そうね」