「……いい絵だよ」
口元にふっと穏やかな笑みを浮かべて言われ、ますます顔が赤らんでくる。
「……そう言っていただいて、ありがとうございます」
返されたスケッチブックを受け取ると、ページの間からくんと香りが漂ってきて、これってムスクの匂いだと思う。
ムスクのトワレは、似つかわしくはないような人が付けると嫌味にしかならないところもあるのに、この人は何て言うか似合いすぎていて……。
スーツの袖から時折り覗く、ワイシャツにあしらわれたシックなスワロフスキーのカフスボタンも、ムスクの雰囲気にマッチしていて、本当に全てが完璧で素敵で……。
「……それで君に、頼みたいことがあるんだが、いいかな?」
その格好の良さを穴があきそうなほどに凝視していた私は、急な話に思わず面食らった。
「……あっ、あの私に、どんな頼みごとがあるんでしょうか?」
HASUMIのCEOともあろう方が、私ごときに一体何を頼むことがあるんだろうと不思議にも思いながら尋ねた。
「ああ、君の絵が気に入ったんだ。だから、私の会社の広報誌にイラストを描いてもらえないかと思ったんだが、どうだろうか?」
「……えっ!?」
そのあまりに唐突な申し出に、カップを手にしたままで固まった後に、
「…い、いえいえ! 私のイラストなんて、そんな有名な企業さんの広報誌になんて、もったいないぐらいですから……」
滅相もなくてと、片手を大きく振って断った──。
「君の絵が気に入ったんだ。私が全面的に推すんで、是非とも描いてくれないだろうか」
「はぁ……」
紳士服のHASUMIのような大企業の広報誌に、私みたいに無名のイラストレーターが描かせてもらうだなんて、なんだか恐れ多いような気もして腰が引けていた。
「仕事があまり上手くはいっていないようなことを話していたから、やってみてもいいんじゃないか?」
「はい、今は小さなイラストのカットなどぐらいしか、お仕事がないのですが……」
緊張で渇いた口の中に、ごくっとコーヒーを流し込む。
「だからこそ、それほど名前も知られてない私のイラストなどを、御社のような有名メーカーの広報誌に載せていただくのは、申し訳がないようにも思えていて……」
確かに仕事に困っているのだから、こんなにいいお話は受けた方がいいのだろうけれど、どうにも気後れてしまって、なかなか踏ん切りがつけられずにいた。
「私が好きだから、いいんだよ」
そんな心の迷いを打ち砕くように、ストレートな一言が投げかけられて、照れを感じるのと同時に、思い切って受けてみようかという気持ちもにわかに湧き上がった。
「……ですが、本当に私で構わないのでしょうか?」
未だに恐れ多さが拭い切れないでいる私に、
「ああ、君がいいんだ」
再び率直な言葉が返されて、
「……わかりました」と、今度こそ決心を固めた。
「ありがとうございます。それでは、お仕事をお受けさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
そう肯定の返事を伝えると、頭を深々と下げた──。
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