行人の携帯を、本当に放り捨てる気はなかったし、壊すつもりもなかった。
ただ、少しだけ心臓の奥がざわついただけだ。
だから、反射的な動きで行人の左手が翻って、宙で軌跡を描くそれをつかんだのを確認したときは安堵したものだ。
同時に、液晶がまたもや瞬く。
刺すような光が視界を奪い、星歌の上体が傾いだ。
苦手なヒールのせいで数歩、よろけてしまう。
「わっ……!」
そのまま地面に尻もちをついた。
「何やってんだよ。大丈夫か、姉ちゃん?」
「うぅ……だいじょうぶ……」
とっさに右手を地面についたためか、怪我はなさそうだ。
少し右手首とお尻が痛いだけ──そう言うと、行人は大きな溜め息を吐く。
安心したというよりも呆れているようにも見て取れて、星歌は地面を見つめた。
「ごめん……」
どうしてあんなことをしたのだろうか。
電話に出た行人を咎め、その手からスマートフォンを取り上げようとした。
突然、感情が高ぶって身体が勝手に動いたのだ。
──ごめんね。私、昨日から……ううん、今朝からヘンなんだ。
このとき、そうやって言葉を紡げば良かったのか。
ふと、空気が漏れるような小さな笑い声。
見上げれば行人が手を差し伸べてくれている。
唇の端を歪め、苦笑いの表情。
いつもの義弟の顔だ──そう感じた星歌は破顔した。
地面に腰を落としたまま、モゾリと尻を動かして体勢を整える。
右手をゆっくりと浮かせた。差し出された手を握るために。
しかし、無情なバイブ音。
スマートフォンがまた例の女の名を映し出している。
「ごめん、姉ちゃん。俺、ちょっと行ってくるよ? 姉ちゃんはひとりで大丈夫だろ」
向けられた背中。
「待っ……」
宿り木を失った星歌の右手は宙をさ迷った。
細い指のはるか先には薄闇が忍び寄る夕の空。
朱色の手前に白く輝く星が揺れた──その瞬間。
プツン。という音とともに何かが切れる。
呆然と目を見開く星歌の眼前で、ブレスレットの星がバラバラと地面に零れ落ちた。
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