夕方、練習が一段落したタイミングで涼ちゃんは意を決して、若井と元貴に話しかけた。
「…あのさ、今日ちょっと…言っときたいことがあるんだけど。」
ふたりは振り返る。
その表情は普段と変わらず優しかった。
「どうしたの?」若井が軽く笑う。
涼ちゃんは喉がぎゅっとつまるのを感じながら、
勇気を振り絞って言った。
「今日ね、スタッフの子が…俺にだけ態度が悪くて。
その…ちょっと、きついこと言われた。」
若井と元貴の表情が一瞬だけ固まる。
だが、次の瞬間には苦笑が浮かんだ。
「え、涼ちゃん…あの子? そんなタイプじゃないって。」
若井が首をかしげる。
元貴も腕を組んで、困ったように笑った。
「お前、見た目でちょっと誤解してるだけじゃない?
あの子、めっちゃ頑張ってるし。」
涼ちゃんは思わず眉を寄せた。
「違うよ…誤解じゃなくて、本当に言われたんだよ。」
けれどふたりは目を合わせ、
まるで“やれやれ”と言いたげな顔になる。
「……涼ちゃん。」
元貴がため息をつきながら言う。
「もしかしてさ、嫉妬してんの?」
その言葉が刺さるように胸に落ちた。
「え…なんで、嫉妬とかになるの…?」
涼ちゃんの声は小さく震えた。
若井も苦い表情で続ける。
「だって…最近、俺らがあの子と話してると
ちょっと顔暗くなるじゃん?
だから…なんか気にしてんのかなって。」
(違うのに。
そうじゃないのに。)
自分の言葉が届かない。
否定しようと口を開こうとした瞬間、
元貴が少し強めの声で言った。
「誰かのことでモヤるのは分かるけど、
根拠ないことで人のこと悪く言うのは良くないよ?」
その一言で、涼ちゃんは喉の奥がぎゅっと熱くなった。
「……根拠、あるよ。
本当に言われたんだよ。」
けれどふたりは信じてくれない。
若井は困ったように頭をかきながら、
「涼ちゃん、今日は疲れてるだけじゃない?
明日になったら落ち着くって。」
まるで、
“涼ちゃんが勝手に思い込んでるだけ”
そう扱われているような空気。
涼ちゃんは目線を落とした。
「……分かった。もういい。」
そう言った声は、静かで淡々としていて、
逆になにも伝わっていないほど弱かった。
けれどふたりは気づけなかった。
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