テラーノベル
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*
「……11、いや12回」
ぽとり。
落ちてくるような彼女の言葉に目が覚めた。
ソファの上で、本を枕に眠っていたようだ。かけられたタオルケットがピンク色なのが紗矢らしい。
テーブルの上に置いておいた腕時計を見ると、昼の12時を過ぎていた。
朝、ご飯を食べて子どもの名前付け本を見ながら眠っていたらしい。
数時間だったが、怒涛のように紗矢との出会いが頭の中で流れて、そして整理されたように思う。
料理を始めた理由も、毎日ささやかでも幸せでありたいと思うのも、懇々と結婚を狙っていたのも、裏表のない彼女と違い腹黒い自分の考えが溢れてきて、少し不快だ。
「昨日は18回!? ひえ」
何のことだとソファから少し顔を出して紗矢を見る。
どうやら昼ご飯を作ってくれているらしい。卵を割る音と、ぐつぐつと鍋が煮える音がしている。
今日は昼ごはんの後、15時から五か月検診だ。
安定期に入るので、ご両親にそろそろ妊娠を伝える――はずが。
先日の騒動ですっかり両家にはバレている。あとは紗矢のおじさんが名前付けの立候補をしてきたので、阻止すべく二人で考え出しているところだ。
あの後、ひとしきり喜んで、産休の手続きや仕事の引継ぎのことで話し合った。
収入面は問題ないし両家が惜しみなくサポートしてくれるので一度退職して長めに休んでもいいしこのまま家に入ってくれてもいいけれど、仕事が嫌いなわけではないので悩んでいるらしい。
「子供の顔を見てから決める。離れたくないって思ったら、素直に辞める」と、あと一押しらしい。
だが家でじっとしているのは性に合わないと言っていたから、子どもが大きくなればまた復帰してもいいと思う。
そこは無理をしないようにサポートしつつ、彼女の意思を尊重しようと思う。
「でも、うーん。うちは、デザートがないしい」
パスタが茹で上がるのを待つ間、使っていない調理器具を洗っていたのだろう。
ふと手を止めて、蛇口から流れる水を見ている。
「普通は何回? いや、問題は回数ではなく、減少?」
「なにを悩んでるの?」
「ひ。起きてる!」
すると紗矢がまた「14回っ」と呟く。
「……キスの回数数えてたの?」
「なんでわかったの!」
驚いて飛び上がったけど、今のは誰でもわかると思う。
「なんで回数数えてるの」
「……平均回数が、人より多いのではと、気づいたので」
「そう?」
隣に紗矢がいたら、すぐにキスしてしまう気がする。が、深い口づけではなく、ちゅっと音を立てる軽いキスだけだ。
「わざわざ思い出して数えてたのか。可愛いな」
ご褒美だ、と額や頬に沢山キスすると、茹でタコみたいになった。
「何度もキスするのが嫌だ?」
「だ、っ い、いえっ。 でも回数が多いのは問題じゃなく、減少したときが問題かなとか」
「ふむふむ。俺が子どもの名前で悩んでいる時、君は減少するかもと悩んでいたのか」
「そういえば、子供の名前って、喬一さん、何冊本を買うつもりですか。積んでるけど読むとすぐ寝落ちしちゃうのに」
沸騰した水に、一つまみ塩を入れ、パスタを流し入れようとしたので、マグカップを置いて代わりにパスタを奪った。
そしてぐつぐつ煮えていた鍋の火を消した。
「――喬一さん?」
「今パスタを茹でたら、止める前に水がなくなるから止めた」
「え、料理の仕方、変でした?」
「いやスキンシップが減ったと不安がってる紗矢を甘やかそうと思って。甘やかす間に、パスタを茹でたら焦げるよ」
おいでと抱きしめてそのままソファへと向かう。
いつもなら恥ずかしいと暴れまわるくせに、今日はすんなりと一緒に座った。
どうやら本当に寂しかったらしい。
馬鹿だな。紗矢以外の誰に俺が興味を持つと思うんだ。
あまりに可愛い反応に、お湯を止めたのは正解だったと数分前の自分を褒める。
膝の上で、期待して震えている紗矢に、何度も何度もキスを落としながら、同時に俺も満たされていく。
ご飯前の、甘いデザートは君の唇。
*
デザートから食べたせいで、昼ご飯が遅くなったと真っ赤な顔で文句言を言いつつも、急いで昼ご飯を平らげ、車に乗り込んだ。
「今日、男の子か女の子かわかるって言ってました」
「前回、見えないって言われたもんな。どっちかなー」
「楽しみですね。名前はそれから考えればいいですよ」
「でもなあ。君、つわりがほぼ来てないだろ。軽いつわりの今の方が、考えられると思ったんだよ」
普通は安定期に入ればつわりが治まるものなのだが、個人差があり、出産までつわりが続く場合もある。紗矢の場合は、ほぼ今つわりがないので、後半に酷くなるんじゃないかと危惧しているのだが本人はまだ、自覚がないのかケロッとしている。
つわりに入ったら、家事は全部俺がすると約束したのに、酷くないからとほぼしているし。
「ふふ。喬一さんってほんと心配性ですよね。どんと構えてください。何かあれば全力で頼るので」
紗矢がケロッとしてるのは、そばに俺がいるから。
そう言いたげに微笑まれたら、もう俺は何も言えない。彼女の安心する存在に慣れただけで、それだけでもう幸せだということには変わりはないのだから。
それでよしとしよう。
「離乳食って、ご飯をごりごりすりつぶして柔らかくするんですよ」
「少しづつ出汁で味付けをしていって、アレルギー検査して食べれる食材を検査して」
「あはは。やっぱり。喬一さん、調べてくれてるんですね。料理、楽しみですね。一緒にしましょうね」
料理はストレス解消。料理は、お弁当箱を開けた時の小さな幸せ要因。
だから一人で黙々と作るのが好きで、没頭できる時間を邪魔されたくなかった。
でも紗矢と一緒に作るようになって、その時間がさらに楽しくなった。
神経質に一ミリ単位で計らずとも料理はおいしくできると教えてもらえた。
また紗矢の、レシピを見て大体の目分量で作った大味の料理も美味しくて、自分の料理が至極と思っていた視野の狭い自分ともおさらばできた。
全て、隣で微笑んでいる彼女のおかげだ。
今宵も甘い言葉を囁くから、君が俺の言葉で蕩ける姿を見せてほしい。
キスの回数も、今日よりも明日、増やしていく。
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