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「どうしよう……迷ったかも……」
輝夜は半べそをかきながら呟く。
先ほどから、何度も同じような場所を行ったり来たりで、完全に道に迷ってしまっている。
『かも……じゃなくて迷ってるのよ』
《前回も迷ってなかったっけ?》
《戦闘面では頼もしいのに、それ以外がポンなのはちょっと安心する》
《ダンジョンで迷子になってるのに安心できるか?》
《……すまん、冷静に考えたらヤバいよな》
深層まで潜るハンターはほとんど居ないため、深層に地図はない。そのため自分で地図を作りながら進まなくてはならないが、輝夜は地図の作り方を知らない。
来た道を戻ろうにも、同じ場所をぐるぐると回っている為、帰り道すらも見失ってしまっている。
《ダンジョンで迷子になるのはたまにあるけど、大体は初心者ハンターだからな》
《救助要請出せばすぐに助けが来るところでしか迷子にならないからな》
《十六歳だから、一応は初心者ハンターではあるんだよな》
《深層をソロで彷徨く初心者が居てたまるか》
《深層で迷子になっても、助けにこれるハンターが居ない……》
「ナディ、ちょっと上から道がないか探してきてよ」
『しょうがないわね』
輝夜に泣きつかれたナディは、やれやれと首を横に振って空高く飛び、上空から周囲を見渡す。
『地図もないのに、どっち行けば良いかなんてわかるわけがないわ』
しばらくして戻ってきたナディは、肩をすくめながらそう言う。
「そりゃそうだ」
『けど、あっちに建物があったわ。レンガの洋館みたいなやつ』
ゴブリンといった少し賢いモンスターが枝や葉で家らしきものを作ることがあるが、レンガを用いた洋館というあきらかな人工物がダンジョンの、それも最も危険な深層にあるというのは、輝夜には信じられない話である。
深層に人間が来て建てたという筈がなく、ダンジョン内に人間と同等の知能を持った生物が居るという事になる。
「見間違いじゃない?」
輝夜の問いにナディは首を横に振る。
輝夜は半信半疑のまま、ナディの指差した方へと進んでいく。
枯木の枝を折りながら、枯れた森を少しずつ進んでいく。
しばらく進んでいくと、少しずつ肌に纏わりつくような、妙な視線を感じる。
その視線に殺気や敵意といった感情はなく、ただ視られているだけで害はない。
「……本当にあったよ」
さらに奥へと進んでいくと、森を抜けた先に少し寂れた洋風の館が見えてくる。
《ダンジョンに建物とかあるのか》
《人が住んでるとか》
《流石にそれはないだろ》
〈深層から先は正直何があっても不思議じゃない〉
《深層って謎だらけだもんな》
《深海や宇宙と同じか》
枯木の森を抜けて洋風の館に向かう。
館のドアをノックしてみるも、中から返事はない。
「……ごめんくださーい」
輝夜は少しだけドアを開け、顔だけを覗かせて中の様子を伺う。
中は薄暗く、埃っぽい。
口元を手で多いながら中に入っていく輝夜。
「うへー、ボロボロじゃん……っ!」
入り口から入って数歩だけ進んだ所で、輝夜の足元に魔方陣が展開され光を放つ。
その光は輝夜だけを飲み込み、次の瞬間には輝夜の姿は消えていた。
『……転移系の罠踏んだわね』
《転移系のトラップ!》
《俺ら置いてけぼり?》
《これ、大丈夫?》
《流石に……ヤバいんじゃね……?》
◇◆◇◆
転移された先には巨大な門が聳え立っており、門の奥からは尋常ではない気配が放たれている。
「最悪だ」
輝夜は大きく溜め息をつく。
周囲を見渡すが扉の先以外に通路は見当たらず、扉の先に進む以外にない。
「しゃーないか」
輝夜は扉を押して中にはいる。屋敷の中とは違い、綺麗に手入れされた広い部屋。
見上げるほど高い天井からはシャンデリアが吊り下がっており、暖色の灯りがほんのりと室内を照らしていた。
扉からレッドーカーペットが続いており、階段の先には玉座と呼べる豪華な椅子。
その玉座には、ひじ掛けに足と背中を預けて、気だるそうに寝そべる一人の少女。
透き通るような白い肌に、黒色の長髪。そして深紅の瞳。口から長い牙を覗かせている。
「待ちくたびれたわ」
少女は玉座から輝夜を見下ろしたまま、ゆっくりと口を開く。
「……もしかして、ヴァンパイア?」
すくなくとも人間ではないだろうなと思いながら、輝夜は少女に問いかける。
「私は真祖、始祖が直接血を分けた四十八人の吸血鬼が一人。その辺の木っ端と一緒にするでない」
「その真祖が、なんでこんなところに?」
少女からは渋谷のダンジョンで戦ったヴァンパイアとは比べ物にならないほど強さを感じる。ナディの居ないまま戦っても勝てるかわからないと感じた輝夜は、ひとまず対話から突破の糸口を探す。
「私とて、こんな辺境のダンジョンになど居たくはない」
少女は頬杖を付き、面倒くさそうに溜め息混じりにそう言う。
「なら出ていけば良いんじゃない?」
「それが可能ならそうしてる。色々と事情があるのだ」
「……事情はよくわからないけど、なんか色々と大変そうだね。それで帰り道はどちらに?」
深堀りすれば、面倒事に巻き込まれるか、最悪虎の尾を踏みかねないと思った輝夜は、早々に会話を切り上げて帰ろうとする。
「そう急くな。そなたに危害を加えるつもりはない」
少女の方は輝夜をタダで帰すつもりは毛頭なく、その面倒毎に巻き込むつもり満々である。
「取引がしたいだけだ」
少女は親指の爪で人差し指を傷つけ、血の流れる人差し指を明後日の方向に向ける。
指先から流れる血が球状になり、弾丸のように放たれる。
血の弾丸は室内を傷つけることはなく、見えない壁のようなものに当たって弾ける。
「見ての通り、この空間には結界が張られている。吸血鬼の力のみを通さない結界だ」
結界の外に出れば少女の攻撃は届かず、逆に輝夜は一方的に攻撃できる。
「私はどうあってもそなたを殺せぬ」
なぜわざわざ自分が不利になるような事を教えるのか、輝夜は疑問に思って少女を見つめる。
「戦いたくば好きにすればいいが、取引と言っただろう。この結界がある以上は私はここから出られぬ。だが、ここから出してくれるのであれば、そなたの力になってやろう」
悪くない提案だと思った輝夜は二つ返事で頷いた。
強い力を持つ彼女が味方になるのは、かなり心強い。
「わかった。なにすればいい?」
「とりあえず、貴様が足を踏み入れた屋敷、そこに住まう死霊王の持つ《分魂の指輪》を手に入れろ」
少女が軽く手を振ると、輝夜の足元に魔方陣が展開される。
「名前を聞いておこうか」
「朱月輝夜」
「アリア・ノラ・フォルメールだ。では期待しているぞ朱月輝夜よ」
魔方陣から発せられた光が輝夜を包み込み、もとの場所へと転送させる。
◇◆◇◆
「おっ、戻った」
気がつくと元の寂れた洋館に立っていた。
《帰ってきた!》
《よかった無事だった》
〈死んだんじゃないかと思ったが、無事でなによりだ〉
〈やっぱり深層は危険だ。早めに帰ったほうがいい〉
『お帰り……何かあった?』
戻ってきた輝夜の様子を見たナディは、転移先で何かあったのだろうと察し、耳元でそう尋ねる。
「この屋敷に居るらしい死霊王とやらに野暮用ができた」
『それはまた、面倒な相手に用事作っちゃったわね』
死霊王という言葉を聞いたナディは、眉を下げて困った表情でそう言う。
「仕方ないさ、レディーのお願いを断るわけにはいかないもの」
輝夜は肩を竦めてそう言うと、屋敷の奥から感じるただならぬ気配を辿りながら、洋館の奥に進んでいく。
《奥に進むのか?》
〈悪いことは言わない。引き返した方がいい〉
《いや、輝夜ちゃんなら行ける気がする》
《実際、デュラハンも圧倒したしな》
屋敷にモンスターの姿はない。他のモンスターが寄り付かないほど、ここの主人が強いということである。
その証拠に近づくにつれて、発せられる気配が強くなっていく。
そして、それはとある扉の前で最大になる。
「この奥だね」
皮膚を突き刺すような感覚に、輝夜は最大限の警戒をしながら扉を開ける。
壁を松明で囲まれた部屋。その中央に置かれた椅子に腰を下ろし、足を組んでいる一体のモンスター。
黒色の光沢のあるシャツに、灰色のネクタイ黒色のベスト、その上からスーツを着た鋭い目付きの骸骨。
アリアが死霊王と呼んでいたモンスターで間違いない。
炎のようなオーラを纏ったそれは、アリアに迫る程の威圧感を出している。
〈こいつは何だ? ワイトかリッチのようだが〉
〈強さでいえば、デュラハンどころの強さじゃないぞ〉
〈相手が未知数でなんとも言えないが、かなり危険だということわかる〉
《海外勢でも知らないモンスター?》
《新種?》
《ワイトとかリッチに見えるけど》
《良いスーツ着てるな、どこのブランドだろ》
《気にするところ、そこなんだ》
「行くよナディ」
輝夜はホルスターから拳銃を抜き、左手にナイフを構える。
死霊王は輝夜に視線を向けると、ゆっくりと立ち上がって、かかってこいと言っているかのように手のひらを上に向けて手招きをする。
輝夜はそれに応えるように駆け出した。
ブーストスクエアで身体能力を大きく強化し、さらにナディの得意とする風魔法で体を押し出す。
軽く、そして高い踏み込み音が響く。
その音を置き去りにするように輝夜の姿が消える。そして次の瞬間、室内に突風が吹き荒れる。
カメラを通し見ている視聴者の目から見ても、輝夜の姿は消えたようにしか見えなかった。
次にカメラが輝夜の姿を捉えたのは死霊王のすぐ側。
逆手に持ったナイフを死霊王の頭骨目掛けて一閃する。しかし、死霊王の頭骨を正確に捉えたナイフは、甲高い音と共に刀身の半ばから砕け散る。
死霊王の硬さに目を見開いて驚く輝夜だったが、死霊王の腹に細い足をめり込ませるようにして蹴りを入れ、その反動で、跳ねるように飛び退く。
「また壊れた……」
半ばから折れたナイフに目を落とし、悲しげな表情で呟く輝夜。
死霊王はそんなものでは傷一つつかないぞと言わんばかりに、口を開けて静かに嗤う。
「……アレ使おうかな」
輝夜はナディに頼んでアイテムボックスを開き、中から錆びだらけのナイフを取り出す。
刀身と柄を握って両側から引くと、銀色に輝く刀身が姿を表す。
渋谷のダンジョンで新たに手に入れた、固定化と現状保存の魔法が施され、決して壊れず、錆びる事がない刀身。
「ちゃんと柄も綺麗なやつに変えとけばよかった」
輝夜は錆びのざらざらとした感触に顔をしかめながらも、左手でナイフの柄をしっかりと握り、正面に構える。