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書き物机の上にはいくつもの本が重ねて置かれていた。これは私が王宮の図書館から借りてきた物だ。読むスピードも遅い。本の種類だって難しいものではない。子供向けの童話だったり、大衆小説だったりとライトなものばかりだ。しかし、今まで読書なんて全くと言っていいほどしてこなかった自分が、投げ出す事なく継続できている。これはもの凄い心境の変化ではないかと思うのだ。そんな私が読書に目覚めたきっかけは、友人2人から貰った贈り物。
時計の針が15時を指そうとしていた。私は読書を中断し、続きから読めるようブックマーカーを差し込んだ。先端に付いたビーズ飾りがキラキラと輝いて美しく、使うたびに目を楽しませてくれる。このアクセサリーのようなブックマーカーは、ジェフェリーさんから頂いた物だ。そして、さっきまで読んでいた本は『ローズ物語』という若い女性を中心に人気がある恋愛小説。私はこの本をリズから勧められてすっかり夢中になってしまった。
流行りの本とブックマーカー……この友人からの贈り物が、私に読書の楽しさを気付かせてくれたのだった。
同じ体勢で長らく椅子に座っていたので、体が少し強張っている。私は椅子から立ち上がると、両手を天井に向かって上げた。筋が伸びて気持ちが良い。
「そろそろできたかなぁ……」
机の上に形成された本の山。そのうちのひとつは、私が図書館から借りてきたものではなかった。数は5冊。これらの本は、この客室に最初から備え置かれていた物だった。分厚くて内容も難しい。正直好みではなくて、今まで手に取ることさえしなかった。では、どうしてそんな本をわざわざ棚から移動させて、机の上に積み重ねているのかというと……私はこれらの本を読むためではなく、別のことに利用していたからだ。
山の1番下に置かれた本を引っ張り出す。ページをめくり目的の物を探した。本の中から出て来たのは二つ折りの紙。私はそれを慎重に取り出した。
「あっ、良い感じに乾燥してるね」
折られた紙の間には切り花が挟み込まれている。私は本の重みを利用して『押し花』を作っていたのだった。レオンや侍女達が毎日のように部屋に持ってきてくれる綺麗な花。それをただ飾るだけでは勿体ない。何かに利用できないだろうかと考えた末が、押し花作りなのだ。
レオンも読書が好きだ。私と共通の趣味が出来たと喜んでいたのに、彼が好きそうな本をこんな風に扱っているのだと知られたら、気分を悪くさせてしまうだろうか。それとも呆れる? だって重しに丁度良かったんだよね……この本。いつかこの難しそうな本だって読む気になるかもしれないから、今は大目に見て欲しい。
「バラは押し花にするの大変だって聞いてたけど、今回も綺麗に作れて良かった」
使用した素材はミニバラだ。本来バラのような花びらが重なっている花を押し花にするのは不向きだ。破損もしやすい。それでも私は……この王宮の温室で育てられた特別なバラを押し花にしたかったのだ。
「加工すれば他の人にあげても良いなんて聞いちゃったからにはねぇ。結構ゆるゆるの規則なんだよな」
花束や鉢植えなど、花を『そのままの状態』で持ち出す事は制限されている。けれど、私のように押し花にしたり、ポプリやジャムにするなどして花に手を加えてしまえば規則が適用されなくなるのだそうだ。
私は出来上がったバラの押し花を使って、メッセージカードを作成した。回数をこなすうちに手際も良くなったし、クオリティも上がっていると思う。上手にできると嬉しくて、リズやレオンを始めとした身近な人達にも配ってしまった。
「女神様のバラ……きっとジェフェリーさんも興味あるよね」
花が大好きなあの人なら喜んでくれる。私はジェフェリーさんへのお土産として、このメッセージカードをリズに託けた。何ごとも無ければもう受け取っているはずだ。
「何ごとも無ければ……か。みんなが帰ってくるの明後日だったよね。早く戻ってこないかな」
リズ達が私の家に調査へ行ったのは先日のこと。ちょっとはマシになったけれど、やはり私はそわそわと落ち着かない気持ちを抑えることが出来なかった。ふとすると釣り堀事件のことを考え始めてしまう。正に今も……そんな状態だったせいで、部屋の入り口の方から自分の名前を呼ぶ声に気付くのが遅れてしまった。
「……姫さーん、あれ? おかしいな……居ないのか。部屋で読書中って聞いてたのに。姫さーん!!」
この声……ルイスさんだ。いつから呼ばれていたんだろう。全然分からなかった。私は慌てて返事を返した。
「はーい。ごめんなさい、今開けます」
「あ、良かった。姫さん、いたね」
部屋の中に私がいる事が分かり、ルイスさんの声に安堵がこもった。意図せず彼を無視するような形になってしまい、要らない心配をさせてしまった。考えごとも大概にしなくては……
「姫さん、もしかしてお昼寝中だった? だったら大きな声出しちゃってごめんね」
「いいえ、違います。ちょっと考え事してて……呼ばれているのに気が付かなかったんです」
他のことがおざなりになるくらい没頭してしまっていた。こちらの方こそ申し訳なかったと、改めて謝罪をする。
「それって事件のこと?」
「……はい」
「やっぱり気になっちゃうのかぁ」
ルイスさんは眉を下げて笑った。『とまり木』の方達は、私が事件に深入りするのをあまり良く思っていない。私を気遣ってのことだったけれど、そんな彼らの意に反して自分は知ることを選んだのだ。
「それならこの報せが、姫さんの心配ごとを少しでも取り除いてくれたら良いんだけど……」
「えっ?」
「一刻ほど前にエリスが戻って来た。セドリックさんの報告書を持ってね。俺達もまだ内容は知らされていない。ボスが姫さんを連れて部屋に来て欲しいって言ってるけど……」
『一緒に来て頂けますか?』とルイスさんに手を差し伸べられた。私は間髪入れずにその手を取り、頷いた。
「はい。もちろんです」