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20××年、4月
ー窓から差し込む春の光が、二十歳になった私の姿に柔らかな影を落としていたー
「あ、あの子、私と同じ高校の制服だ」
今思えば高校二年生の春。
ここから私達のこの物語は始まっていたと思う。
episode.1
ー再会ー
新学期初日、緊張と期待の入り混じったざわめきの中で、私、新山鈴華(にいやま すずか)は一番後ろの窓際の席に座っていた。
数日前に届いたクラス替えの名簿。
そこには、見慣れた名前がいくつも並んでいた。
仲田結菜(なかた ゆいな)、佐原光里(さはら ひかり)、藤田菜月(ふじた なつき)
私の容姿を見ては嘲笑い、嘘の噂を広げ、机や教科書に落書きをしてきた女子たちの名前。
机を確認するだけで、胸が重くなる。
高一の時「ブス」や「消えろ」と彫られていたあの言葉の記憶は、まだ消えていない。
それでも、席に着いたのは、もう逃げたくなかったからだ。
もう「いじめられる自分」でいるのは嫌だった。
ーだから私は、変わるって決めた。
ー努力して、誰よりも綺麗になって、見返すって。
毎日コツコツと続けたスキンケア。
トリートメントを5分置いて乾かす髪。
お母さんに頼んで食事管理や運動もした。
雑誌を切り抜いてまとめたファッションノート。笑顔の練習だって鏡の前でやった。
これらは全部、「変わりたい」という気持ちの証。少しだけど前に比べたら自信も付いた。
だけど今、その気持ちをかき消すほどの不安が私の胸を圧迫していた。
声を張り上げる男子たち。
カラカラと笑う女子たち。
誰の目も、こちらには向いていない。
ーそれでいい。
ー目立たなくていい。
ーこの高校生活さえ乗り切れれば私はー。
そう思っていた時だった。
「今日から皆さんと同じクラスになる転校生の加瀬新汰(かせ あらた)くんだ」
賑わう教室の中で担任が一人の生徒を紹介した。
教室のドアが開いて、教卓の横まで歩いてきた生徒は、どこか見覚えのあるような…。
でも、明らかに周りの男子たちとは違う、風変わりな少年だった。
長身に加え、癖っ毛な茶髪に色素の薄い目。
制服を来てても分かるくらい、彼の雰囲気は普通じゃなかった。
けれど、声を聞いた瞬間、私の中にある記憶が呼び起こされる。
「よろしく…あー、新汰って呼んでくれればいいよ」
ーあの声。
ーあの名前。
「…あら、た…?」
私は、つい口に出してしまっていた。
その瞬間、彼の目が私を捉える。
一拍の沈黙。
そのあと、彼の口元が緩んだ。
「え、マジ? 鈴華? うわ、やっば……久しぶり!」
少し砕けた調子で、彼が歩み寄ってくる。
まるで8年前の距離を、一瞬で埋めてしまうかのように。
「すっげーな、会えると思ってなかった…!!」
懐かしさに満ちた声。
優しくて、でもどこか男っぽさが増したその表情。
胸が熱くなった。
ーでも…。
「……ごめん。私、今、あんまり喋りたくないの」
私は顔を逸らし、小さな声でそう言った。
一瞬、彼の表情が固まる。
「え?」
「席…座った方がいいよ。もうすぐ授業始まるし」
「……」
彼は黙ったまま数秒、私を見つめていた。
その瞳に宿っていたのは、戸惑いと疑問と、少しの傷付き。
「……そっか」
それだけ言って、空いていた席に座る。
教室がまた、ガヤガヤとした騒がしさに包まれる。
まるで、何事もなかったように。
だけど、私の指は、机の下でぎゅっと握られていた。
(ごめん…本当は話したかった。会えて嬉しかった。でも…)
(今の私に関わったら、きっと新汰もー)
誰にも見えない場所で、唇を噛み締める。
懐かしい人に会えた嬉しさよりも、目を逸らしてしまった自分への悔しさが心に爪痕を残していた。