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#すのあべ
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JRに乗り、目的地まで揺られること数十分。 休日の昼間ということもあってか、車内はそこそこ混み合ってはいたが、席がすべて埋まっているというほどではなかった。一人分しか空きがなかったため、理人はケンジを座らせ、自分はその近くで吊り革を掴んだ。
「そういや、気になってたんだが……その荷物は何だ? 随分と嵩張ってないか?」
「あぁ、これ? 実は僕、お弁当作ってきたんだ」
「弁当って……遠足かよ」
「えー、でも……せっかくの動物園だし。変だったかな?」
ケンジが不安そうに眉尻を下げる。
「別に変じゃねぇよ。ただ、ちょっと意外だっただけだ」
「僕、料理作るのが好きなんだ。すっごいお洒落なのとかは、まだ無理なんだけど」
本当に好きなのだろう。リュックを大事そうに抱えてはにかむ姿に、理人は思わず口元を緩めた。
「……そりゃ、食うのが楽しみだな」
頭をくしゃくしゃっと撫でてやると、ケンジは嬉しそうに笑い、うんと大きく首を縦に振った。ケンジを見ていると、荒んでいた心が洗われるようで、不思議と気分が和らいでいく。
電車を降りて改札を抜けると、そのまま歩いて動物園を目指した。 最寄駅なのだからすぐのはずだが、辺りは住宅ばかりで店は少なく、コンビニが一軒あるきりだった。昔ながらの商店街のような、穏やかな空気が流れている。 しばらく歩くと、ようやくそれらしい建物が視界に入ってきた。
入り口のゲートでチケットを購入して園内に入ると、夏休み中ということもあり、小さな子供連れの親子で活気に満ちていた。
「あ! ねえ見て、ペンギンがいるよ!」
入り口付近の看板前で、飼育員のお姉さんに餌付けされているペンギンを見つけて、ケンジが歓声を上げる。
「あ、あっちにはシロクマも! 凄いなぁ、大きな氷に噛り付いてる」
やや興奮気味に、目を輝かせながらあちこちを見て回るケンジ。 高校生にもなって動物園なんて、と内心思っていたが、こんなに嬉しそうにはしゃがれると悪い気はしない。
「ねぇ、クロヒョウだって! リヒトくんにそっくり!」
「あ? どこがだよ……」
グイグイと腕を引かれて連れて行かれた先にいたのは、全身真っ黒なネコ科の動物だった。 悠々と檻の中を歩く姿は、しなやかで美しい。だが、ふと目が合うと、明らかに「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向かれた。
(……なんつー態度だ)
「おい、俺はあそこまで愛想なしじゃねぇぞ」
「えぇ、見るとこそこじゃなくない?」
不満げな顔をする理人に、ケンジがすかさず突っ込む。こういうやり取りはなんだか新鮮で、少しだけ楽しい。 もし、この場に秀一がいたらどうなっていただろう。ケンジと二人ではしゃぎ回る姿が容易に想像できてしまい、複雑な思いが込み上げてくる。
(……やっぱり、今日、一緒に連れてきてやりたかったな)
「……理人くん? 大丈夫? ごめんね、僕ばっかりはしゃいじゃって」
「ん? あぁ、平気だ。問題ねぇ」
どうやら無意識に顔に出てしまっていたらしい。慌てて表情を取り繕ったが、それでもまだケンジは心配そうにこちらを伺っている。
「そういや、お前、観たいものがあるんだろ? いいのか、寄らなくて」
せっかく楽しんでいる空気に水を差したくなくて、理人はあえて話題を切り替えた。
「あ、うん……そうだね。まだショーまでは少し時間があるんだけど、いこっか」
チラリと時計を見て、ケンジは一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべたが、すぐに切り替えたのか、はにかむような笑顔を理人に向けた。
ショーが行われるという広場に近づくにつれて、小さな子供を連れた若い母親たちの姿が目立ち始める。園内の至る所に掲げられた看板には、お馴染みの戦隊ヒーローショーの案内が躍っていた。
理人も幼稚園の頃まではガッツリ嵌まってテレビにかじりついていたものだが、自分の両親がこうしたショーに連れてきてくれた記憶は一度もない。 まさか高校生になって、こんな形で客席に座ることになるとは思わなかった。
苦笑しつつ、ちょうど真ん中あたりの席が空いていたので腰を下ろす。右を見ても左を見ても、周囲にいるのは小さな子供たちとその保護者ばかりだ。理人たちのように野郎同士でこの場にいる者は、他に見当たらなかった。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「別にそれは構わねぇよ。で? ケンジは何色が好みなんだ?」
「えっ、僕? 僕は――……」
ケンジが言いかけたところで、突然照明が落ちて周囲が暗転し、ステージ上に鋭いスポットライトが当たった。
《さぁて、皆様大変長らくお待たせいたしました! これより、今世紀最大に熱い戦いが始まる!!》
司会の男が朗々と宣言すると、客席からは割れんばかりの拍手と歓声が上がった。 同時に会場がパッと明るくなり、ステージ上には悪役と思われる被り物をした怪人たちが姿を現す。彼らが手に武器を持って暴れまわると、子供たちから悲鳴混じりの「助けて」という声が上がった。
その声に応えるようにして、五色のカラフルなスーツを身に纏ったヒーローたちが颯爽と登場する。
流石は子供向け番組、登場の演出からして派手だ。お約束の流れとはいえ、小さな子供たちは目を輝かせてその雄姿を凝視している。 隣に視線を向ければ、ケンジもまた子供たちに負けないくらい目をキラキラさせて舞台に釘付けになっており、理人は思わずフッと笑みを浮かべた。
「……っ、わ、レッドがこっち見た……っ!」
気のせいだろう、と思った。だが、舞台上のレッドは明らかに敵ではなく、こちらを凝視したまま完全に動きを止めている。
マスク越しなので表情はわからないが、「なぜお前がここにいるんだ」と言わんばかりの猛烈な視線を感じる。 その動揺のせいか、レッドは敵役の攻撃を躱すのが一瞬遅れた。
周囲から小さな悲鳴が上がる。しかし、そこはプロ。間一髪のところで攻撃を避け、そのまま敵の顔面に鮮やかな飛び蹴りを食らわせると、その後は危なげなく敵をバッタバッタとなぎ倒していった。
「びっくりした……。すっごいドキドキしちゃった。今の、わざとピンチを演出したのかな? 凄いよね!」
「……」
本当にあれは演出だったのだろうか。理由はわからないが、自分たちの姿を認めて絶句し、思考停止に陥っていたようにも見えた。 そんなことを考えつつ、理人は小さく息をつくと、改めて目の前の派手なアクションに意識を向けた。
「あー楽しかった! 僕、ちょっとトイレに行ってくるね」
「お? おう……」
ショーが終わるなり、ケンジは急に立ち上がると足早に走り去っていった。よほど我慢していたのだろうか、その背中はあっという間に人混みに紛れて見えなくなる。
(たく、そういうところまで子供みたいだな)
そんなことを考えつつ、建物の陰で待っていると、いきなり背後から肩を強く掴まれた。
「――おい。なんでお前が、こんな所にいる……っ!?」
聞き覚えのある、低く鋭い声。 振り向くと、 先ほどのレッドが理人のことを睨みつけていた。