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「……ねえ、若井。あっち見て」
「わかってる、涼ちゃん。元貴のあのスピード、ただ事じゃないよね」
僕たちは、スタジオの端っこで楽器のメンテナンスをするふりをしながら、ホワイトボードの前にいる元貴を観察していた。
いつもなら、スタッフさんとの打ち合わせはもっとじっくり時間をかけるはずだ。「ここはこうしたい」「いや、こっちの方が面白い」って、納得がいくまで話し合うのが元貴のスタイル。なのに、今の彼は違う。
「はい、それ採用。次。あ、それも進めといて。はい、終わり!」
……速い。速すぎる。
まるで「1秒でも早くここを切り上げたい」という執念が、背中からオーラとなって溢れ出している。スタッフさんたちも、あまりの決断の速さに「えっ、あ、はい!」と面食らっているのがわかる。
「今のうちに、あの子に話しかけに行こうよ」
「そうだね、涼ちゃん。あんなに元貴が囲い込んでるんだもん、気になるよね」
僕たちは、元貴がホワイトボードに向き直った隙を見計らって、忍び足でらんちゃんの元へ向かった。
実際に近くで見ると、彼女は本当に一生懸命で、僕たちのレコーディング風景を食い入るように見つめていた。
「どこから来たの?」
「お名前は?」
質問を投げかけると、彼女は目を輝かせて、一つひとつ丁寧に答えてくれる。感覚過敏のことや、将来僕たちの力になりたいと思ってくれていること……。
(……なんていい子なんだ!)
(元貴が放っておかない理由、ちょっとわかっちゃったかも)
僕たちが彼女のピュアさに感動して、もっと話を聞こうと身を乗り出した、その時だった。
「……うわっ!?」
「痛たたた! 首! 首しまってる!」
突然、背後から無言の圧力が迫ってきたかと思ったら、僕たちのジャケットの襟元がガシッと掴まれた。
振り返るまでもない。この、容赦ない力の入れ方と、冷ややかな、でもどこか焦っているような空気感。
「騒ぐなって言っただろ」
低い声が頭の上から降ってくる。元貴だ。
打ち合わせ、いつもの半分……いや、三分の一くらいの時間で終わらせたな?
「ちょっと元貴、まだお話の途中だったのに!」
「そうだよ、らんちゃん、すごくしっかりした夢を持ってて……」
食い下がる僕たちを、元貴は「ずるずる」と、まるでおもちゃを引きずるみたいに無慈悲に引き剥がしていく。
「あー、重い。二人ともデカいんだから、らんちゃんを圧迫するな」
そう言いながら僕たちを放り投げた元貴は、らんちゃんに向き直った瞬間、嘘みたいに柔らかい顔で「ごめんね」なんて謝っている。
「……ねえ、若井。あんなに分かりやすく独占欲出してる元貴、初めて見たかも」
「……だね。でも、あの子が俺たちの未来のスタッフになってくれたら、元貴、毎日あの爆速で仕事終わらせるんじゃない?」
首元をさすりながら、僕たちは顔を見合わせてニヤリとした。
嵐のようなフロントマンをここまで振り回す「未来のマネージャー」。
なんだか、面白いことになりそうな予感がした。
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気が向けばもう1話今日中に出すよ
🌹はなみせ🍏