テラーノベル
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スタジオの大きな窓から差し込む光が、いつの間にかオレンジ色に染まっていた。
(……あ、もうこんな時間)
時計を見ると、修学旅行の集合時間が刻一刻と迫っている。夢のような時間は、過ぎるのがあまりに早すぎる。レコーディングは大詰めを迎えていて、大森さんはマイクの前で魂を削るように歌っているけれど、新幹線に乗り遅れるわけにはいかない。
意を決して、曲の合間の静寂を縫うように、大森さんのそばへ駆け寄った。
「あの……大森さん。新幹線の時間があるので、そろそろ行かないと……」
小声で伝えると、大森さんは一瞬だけ、子供が宝物を取り上げられたような、寂しそうな顔をした。
「……そっか。そうだよね、修学旅行中だった」
彼はふぅ、と小さく息を吐くと、迷いのない手つきで上着を掴んだ。
「送ってくよ」
「えっ!? いえ、そんな、お仕事中なのに!」
「いいの。後は優秀なスタッフと、あの二人に任せたから」
大森さんは背後で「えーっ!?」「元貴、丸投げ!?」と叫ぶ若井さんと藤澤さんに「後はよろしく!」とだけ言い残し、「行こうか」と私の先に立って歩き出した。
スタジオを出て、駅へと向かう道。大森さんは「今日の現場、どうだった?」とか「石川に帰ったら、また歌詞書くの?」と、優しく問いかけてくれた。私は胸がいっぱいで、でも「いつか必ず、皆さんの隣で働けるようになります」と、今日一番の決意を伝えた。
集合場所の上野公園が見えてきたところで、私は足を止めた。
「ここで大丈夫です。これ以上行くと、みんなにバレて大騒ぎになっちゃうので……」
大森さんは「そうだね」と苦笑いして、立ち止まった。
「今日は本当に、ありがとうございました。一生忘れません」
深々と頭を下げて、名残惜しさを振り切るように歩き出そうとした、その時。
「待って、らんちゃん!」
呼び止められて振り返ると、大森さんが駆け寄ってきて、私の手をそっと取った。
「はい。これ」
掌にギュッと握らされたのは、小さなメモ用紙。そこには、走り書きで11桁の数字が並んでいた。
「……大森さんの、連絡先?」
「そう。……帰ったら、連絡して。今日のことだけじゃなくて、進路のこととか、何でもいいから」
大森さんの瞳は、今日出会った時よりもずっと熱を持って私を射抜いていた。
「ありがとうございます……っ!」
もう一度、溢れそうな感謝を伝えて、私はみんなの待つ方へ走り出した。
班のみんなや、他のクラスの子たちからも「今の誰!?」「結局どうしたの!?」と質問の嵐。でも、今度はもう、戸惑わなかった。
「……私の、大事な知り合いだよ」
ポケットの中、大森さんの体温が残るメモをそっと握りしめて、私は真っ直ぐに前を向いた。いつか「知り合い」ではなく、「最高のパートナー」としてこの場所に戻ってくるために。
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#大森元貴
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