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※注意※
この小説は、純度100%の私の妄想で出来たnmmnです。ご本人様には一切関係ありません。
ご本人様はもちろん、その周辺の方々やnmmnが苦手な方の目にも入らないよう、配慮をお願いします。
私の癖を詰め込んだので、誰かの地雷の上で踊り狂っているかもしれません。それぞれで自衛をするようにしてくだ さい。
読後の誹謗中傷等は受け付けておりません。チクチク言葉が届くと泣きます。
その他、年齢操作、曲パロ要素(あ.の.夏.が.飽.和.す.る)、死ネタあります。
「昨日、人を殺したんだ」
放課後の、誰もいない渡り廊下で、君はそう言った。
びしょ濡れの髪の向こうに、ぽろぽろ零れる雫が見える。梅雨時の雨の匂いを纏った体は、夏が始まったばかりなのに小さく震えていた。
「……は?」
「殺したのは隣の席の、いつも虐めてくるアイツ。もうイヤんなっちゃって、どんって……当たりどころが悪かったみたいで、さ」
なんでもないように淡々とそう話す君は、紫陽花のような瞳を瞼の下にしまい込む。また目尻から一粒の涙がこぼれ落ち、傷だらけの頬を伝って消えていった。
いつも変わらない笑顔を浮かべて、君は言った。
「もうここにはいられないし、どっか遠いところで死んでくるね」
今にも枯れてしまいそうな笑顔に、俺は耐えきれず声を上げる。
「なら、俺も連れてって」
そんな話から始まる、君と過ごしたあの夏の記憶だ。
財布を持って、ナイフを持って。窓の向こうで輝く朝焼けを眺めながら身支度をした。
ここから見える景色も、これで最後。なんとなく寂しくて、ほろりと心が欠けていく。
家族が寝ている寝室に、足音を立てないようにして向かう。軽く扉を開けると、まだ眠りこけている姿が見えた。そのままぐっすり、眠ってて。きっと、今の俺は笑顔になんてなれないから。
罪悪感に胸を締め付けられながら、親の財布から金を抜いた。二度と会わないんだから怒られることはないと分かっていても、どこまでいっても良心が邪魔をする。
もう、いいんだ。いらないものは全部、捨てていこう。アルバムも、日記も、過去のものはもう全部必要ない。ここに置いていけばいい、きっと残った誰かが壊してくれるはずだ。
やけに軽いカバンを背負って、履き慣れた靴に足を入れて。俺は、玄関から飛び出した。
「おはよ、ぐちつぼ。ちゃんと起きれたんだ、すごいじゃん」
玄関先で、彼は1人座って俺を待っていた。いつもの間延びした声で、珍しく半袖の服に身を包んで。真っ白な肌に伝う汗を拭いながら、カラカラ笑う。
「らっだぁ……迎えに来るなんて、聞いてないけど?」
「んはは、サプラーイズ! なんて。せかせかしすぎたから、暇つぶしにね」
さ、行こう。
なんて言って、らっだぁは俺の手を掴んで引いた。温かいはずなのに、氷のように芯まで冷たい手。それが不思議と心地よくて、ぎゅっと握り返した。
俺達は、誰もいない通学路を進んだ。騒がしい声に溢れているはずの道は、恐ろしいほど静まり返っていて、いつもとは違う色、違う音、違う匂いをしていた。
青空を背負って、らっだぁは白線の上をゆらゆら歩く。俺の手を支えにして、薄れた白色を一歩一歩と進む。
こめかみから汗が伝って、真っ直ぐに線を引いていた。彼は、ちらりと俺を見やる。
「こういうの、なんて言うんだっけ。」
「あー……逃避行?」
「そうそう! なんか、カッコよくない?」
カッコいい、とは思ったこと無かった。自分には関係ないことだった、あの環境から逃げる意味も分からなかったからだ。
良くも悪くも、普通の人生だった。普通に生まれて、普通に育って、普通に生きる。無駄に良くなった頭で、自分の生きる意味を考えては、その空っぽな中身に嫌気が差した。
そんな俺でも、いざこうやって体験してみると、割と悪くないもんだと思えた。
なにもかも全て、捨ててきたのだ。狭い狭い世界に、全部。ここにはイヤなものは何もない、俺と君の2人きり。清々しいったらありゃしない。
「……確かに。カッコいい、かも」
誰も知らないような、遠い場所。そこで、2人きりで全て終わらせよう。人殺しのお前と、ダメ人間の俺。世界からあぶれた、最悪の2人だけで。
…
……
………
バスと電車を乗り継いで、今まで来たこともないぐらい遠くの場所に降り立った。
セミがうるさいぐらいに鳴き喚いて、木々が風と共に噂話をしている。近くに海があるらしい、肌がベタつく不快感が纏わりついた。
「とにかく遠くだったらいいかなって感じだったけど、アタリだったなぁ。ここなら誰も来なさそうだし」
「あっ、つぃ……熱中症で死にそう」
「それな〜? どこも暑くてヤになるね」
雑木林を見回して、滴る汗を拭う。とにかく暑くて暑くて堪らない、こんがり焼けて焦げてしまいそうだった。
草むらの中に、古びた線路が通っていた。昔は電車が走っていたんだろうか。腐りかけた枕木の上に、蟻が行列を作っていた。
らっだぁと並んで、その上を歩く。微かに、潮の匂いがした。近くに海でもあるのだろう。ここまで遠出はしたことがないから分からない。
しばらくは風のざわめきに耳を傾けていたが、その沈黙に耐えきれなくなったのか、らっだぁがゆったりと話し出した。
「結局、さ。俺ら、味方なんていなかったんだよ」
「味方?」
「うん。ずっと、一人ぼっち」
らっだぁは、頬の絆創膏をカリカリと掻いた。俺は、素直に頷くことが出来なかった。
俺にはそこそこ仲のいい家族がいて、話し相手になってくれる友達もいた。多分、彼が本当に欲しかったものは、全部持ってる。
彼の孤独に比べれば、俺の悩みなんてちっぽけなものだ。こうやって2人で話すたびに、俺の育ってきた環境がどれだけ恵まれていたのか理解した。
急に黙りこくる俺に、らっだぁが明るい声で笑いかけた。
「でもまぁ、俺はもう一人じゃないね」
「なんで?」
「ぐちつぼがいるもん!」
手持ち無沙汰な俺の手を握り、いたずらっぽく目を細める。あの微かな震えは、もうなくなっていた。
…
……
………
2人でずーっと逃げていると、すぐに時間は過ぎていった。夕方になり、辺りも暗くなると、森の中では歩くのも危険に思えた。
そろそろ、終わりか。カバンの中で、やけに重く跳ねるナイフを思い出しては、ふとそう思った。
俺は、らっだぁに尋ねる。
「もう終わりにする?」
「……えー、どうしよ。これ以上歩くのは危ないよね」
「多分な」
「んー……」
らっだぁは、顎に手を当てて唸った。が、すぐに笑って手を叩く。
「ねぇ、ぐちつぼ。やっぱ死ぬのは明日にしよう」
「……え?」
「もっと遠くに行こうよ、せっかくこんなところまで来たんだから。ね、そうしよう」
「まぁ、いいけど……お前はそれでいいの?」
「これでいいの!」
らっだぁは、俺の手を取り、握りこぶしを解いた。いつの間にか、固く握りしめていたらしい。汗が滲み、小刻みに震えていた。
死ぬのが怖い、のだろうか。空いた胃にコンビニ飯を流し込みながら、そう思った。
分からない。怖がっている自覚はないし、今終わらせようと言われればすぐに首をナイフで切ってでも死ねる自信がある。けれど、体は恐れているようだった。
なんだか、自分が情けなくなった。らっだぁとはそもそも、死への思いが違うのだ。
らっだぁは一足先に食べ終え、自分のカバンから何やら袋を取り出した。
「なんだそれ」
「テント。ずっと昔のだから、俺らじゃちっちゃいかもだけど」
「へぇ……」
らっだぁは、俺に目もくれずにテントを組み立て始めた。ずいぶん用意周到だ。勝手に今日死ぬもんだと思ってたが、どうやららっだぁは2日かけて逃げるつもりだったらしい。
最後の一口を飲み込んだ頃には、らっだぁはもうテントを組み立て終わってしまった。中にマットを敷き、入り口を開いて俺を招き入れる。
「どう?」
「暑い、寝苦しい……」
「文句言わないの。地べたは汚いし、雨降ったら風邪引くよ?」
「どうせ死ぬんだから変わんねぇよ」
「……確かに、そうかも」
俺は、自分のカバンを枕にして寝転がった。最悪の寝心地だったが、らっだぁと一緒だと考えたら、なんとなく……悪くはない気がしてきた。
だが、確かに寝つきは格段に悪かった。それはらっだぁも同じだったらしく、2人していつまでも冴えた目をしていた。テントから透ける光の移り変わりを、並んで眺めた。
それに飽きたら、くだらない話に花を咲かせた。彼は、唐揚げとゲームと、猫が好きだと言った。俺達は案外、話せなかったことがたくさんあったようだった。
好きな食べ物は? 好きな曲は? 好きな人はいないの?
まるで、修学旅行みたいだ。最後の夜は、とても賑やかに更けていった。
話題がなくなる頃になって、ようやく眠気の片鱗が見えた。ウトウトとする俺に気づいてか、らっだぁは口ずさむ。
「……ら、るら……らー、らら」
「なにそれ、子守唄?」
「母さんの十八番。昔、よく歌ってもらってたの」
暗いテントの中に、子守唄が落ちる。うろ覚えの、不安定な音程だったが、なんだか安心する声だった。
「……これで最後か」
「だね。なんかやり残したこととかない?」
「やり残したことって言われてもなーって感じ。別に彼女もいねぇし、趣味もねぇし……あーでも、将来の夢はあったな」
「え、なに?」
「いや、言わんけど? ちっちゃい頃のヤツだから話せたもんじゃないし」
「いやいやいや、そこまで行ったら言うしかないでしょ! 今なら黒歴史作り放題だよ? どうせ明日には死ぬんだから」
顔が、みるみる熱くなるのが分かる。俺は、彼の夜目が利かないことを祈り、根負けして話し出す。
「戦隊モノ、ってあるじゃん」
「あるね」
「それの、ヒーローになりたかった、なーって……」
「いや、何が恥ずかしいの? ふつーに可愛い夢じゃん」
「可愛いのが嫌なんだよ……」
「で、ちなみになんでなの?」
まだ俺に恥をかかせるつもりなのか。もう勘弁してほしい、という思いがほとんどだが、まぁ辞世の句代わりに話してもいいか、とも思えた。
俺は、渋々話し出す。
「立派な理由はないけど……戦隊ものとかめっちゃ好きでさ、ちっちゃい頃はずーっとそればっか見てたんだよ」
「うわ、俺も見てた気がする。あーいうのよかったよね、覚えてるよ」
「俺もだよ。で、自分もいつかこんなカッケー人になるんだ!って思ってさ」
「あー、確かに。ヒーローとまでは行かんけど、なんとなく自分は立派でカッコいい大人になるんだとは思ってたな」
颯爽と現れては、困っている人を助ける優しい人。そんな戦隊ヒーローが。そんな、俺とは全く違う勇ましい姿が、脳裏に過った。
子供の頃は、大人には自然となるもんだと、勝手にそうなるもんだと思っていた。しかし現実は想像していたより残酷で、冷たい。夢を叶えられないまま死んでしまうのは、なんだか悲しく思えた。
「……ヒーローだったら」
「ん?」
「ヒーローだったら、きっと俺らのことも見捨てないんだろうな」
「……なるほどね? なんか深いな」
「浅いよ」
軽口を叩けば、らっだぁはクスクスと笑った。うーん、と歌うように唸り、呟く。
「俺は、そんな夢なんて捨てたなぁ」
何気なく放たれた言葉が、不意に胸に深く刺さった。一瞬、息が止まる。
らっだぁはごろりと寝返りをうって、背中をこちらに向けた。少しくぐもった声が、返ってくる。
「だって、現実見りゃ分かるでしょ。シアワセの4文字なんて、ほっとんど無かったよ」
先ほどまでとは一変した、ぶっきらぼうな話し方に驚いて、体を起こす。彼からそんな……弱気な言葉が出てくるのは、この旅の中では初めてだった。
「今までの人生で、そんなこともうとっくに思い知ったから。俺はもう、いいや」
諦めの滲んだ、酷い声だった。
彼が抱えた傷や、吐き出す先も見つけられずに無理矢理飲み込んできた痛みが、どれほど大きなものだったのか……その氷山の一角が、見えた気がした。
その時、彼がどんな表情をしていたかなんて、俺には全く想像も付かなかった。
…
……
………
夜風がテントを揺らす音で、ぼんやり目が覚めた。
寝苦しいと喚いていたのに、いつの間にか眠っていたらしい。テントの向こうから透ける光はとうに暗くなっていた。
夜の森は、思っていたよりも騒がしかった。街じゃ聞いたこともないような、よく分からない虫とよく分からない鳥の声。それを掻き乱すように、海風が吹き荒れた。
そんな中、微かに聞こえる声があった。
「……ふ、ッ………ッ、っ」
紛れもない。彼の、泣き声だった。
それを聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。背後の彼が、明日には消えてしまう命が。恐ろしく小さくて、か弱い存在に思えたからだった。
可哀想な人。君は、何も悪くないのに。
思い浮かんだのは、そんな無責任な同情の念だった。泣いてほしくなかった、ただ笑ってほしかった。青色の瞳が、涙に溶けてしまうから。
追い詰めて、人殺しに仕立て上げるほどにいじめた奴が悪い。傍観者が悪い。家族が悪い。あの日の雨が悪い。
何を言えば、彼は納得してくれる? この問いに、答えが出ることは一生ないだろう。
君は、何も悪くない。
震える背中にそう言えるような勇気は、あいにく持ち合わせていなかった。
***
「───……ぉはよー、おはよう」
雑に体を揺さぶられ、2回目の目覚めが訪れる。こちらを見下ろす瞳を眺め、朝日に目を細めた。
「ぐっすりだったね。意外と大丈夫だったでしょ?」
「……あー、まぁ」
「ふふ、どーしたの急に。疲れた?」
お前が1人で、シクシク泣いてたからだよ。そんなことよく言えたものではなく、俺は目線をそらして口ごもった。
彼はそんな俺を尻目に、いそいそとテントから出る。俺も、それに続いた。
日中はあり得ないぐらい暑いこの頃だが、朝方は割と涼しい。籠った暑苦しいテントで眠っていたから、新鮮な冷たい空気は最高においしく感じた。
らっだぁは、とっくに調子を戻したようだった。昨日のような、不安定で、弱いところは1つも見せなかった。安心はしたが、あの泣き声は耳に張り付いて中々取れなかった。
しかし、らっだぁの様子に引っ張られ、テントを片付けた頃にはすっかり俺も気分を落ち着かせることができた。
彼が何を思っていようが、どっちにしろ今日で全部終わる。そんな日に、暗い話題を持ち出すなんて最悪だ。今日ぐらい、彼が理想とする1日を、2人で楽しく過ごしたい。
「さーて、今日はどこに行こっかな」
「涼しいとことかは? 死ぬ間際まで暑いとか、流石に嫌だろ」
「それはそう……あ、そういえば! ここらへん、海あるよね。そこ行こうよ」
「海か……いいね、そうしよう」
俺達はリュックを背負い、海風のする方へと歩きだした。
森にはいろんなものがいた。鳥、虫、綺麗な花、正体の分からない謎の生き物たち。
朝露に濡れたクモの巣は、まるで真珠で飾りつけたようだった。彼は、中心に鎮座するデカいクモにビビって、近寄りもしなかった。
昨日は気付かなかったが、森や草むらには虫がたくさんいた。流石夏だとでも言おうか。虫嫌いのらっだぁは阿鼻叫喚だった。
早めにここを出よう、と俺達はほぼ駆け足になって海へと急いだ。
太陽が昇るにつれ、どんどん暑さは増していった。拭っても拭っても、額には汗が伝い続けた。
俺の前を走り回っていたらっだぁが、ふと足を止めた。
「海だ」
ポツリと呟いた声は、喜びに震えていた。
日盛りの頃には海に辿り着いた。
靴を脱ぎ捨て、ズボンの裾を捲って、2人で遊び呆けた。海はまだ冷たくて、入るとブルリと身震いした。波にさらわれて揺れる砂浜の上を、バカみたいにはしゃいで走り回った。
小さなカニを捕まえた。ハサミに指をつねられて痛い目を見た。らっだぁは、そんな俺をからかっては笑った。
図鑑にあるような、綺麗な貝殻を拾った。揺らぐ波の、どこまでも続くような海の、途方もない青さを知った。
光を反射して、宝石のように輝く水面を眺めた。水平線に隠れていく太陽を見た。
最後の1日が、過ぎていった。
…
……
………
すっかり太陽が落ちた頃、俺達はまた森に帰ってきていた。
今日は満月だから、太陽のように海の上に漂う月光が見えるだろう。彼がそう言ったのがきっかけだった。
「上からだったら綺麗に見えそうだよね」
「だな」
俺達はもう疲労困憊で、行き道のように会話する気力はなかった。それを最後に、なんにも話さずに降りてきた道を戻った。不思議と、沈黙は苦ではなかった。
再び草むらの中に戻ってきた頃、ようやくらっだぁは大きくため息をつく。
「つっ……かれたぁ!」
「もー歩けん、らっだぁおんぶして」
「イヤだけど?? お前こそ、でかいんだから俺のこと抱えて歩けよ」
「いやいやいや、ここまで歩こうって言ったのはお前じゃん」
「……確かにね? あーあ、変なこと言うんじゃなかった!」
らっだぁはけらけら笑って、再び歩き出す。文句タラタラだが、昼間の余韻が残っているらしく、ご機嫌に鼻歌なんて歌っている。楽しかったみたいで、ほっとした。
昨日はテント越しに聞いた喧騒が、今日はクリアに聞こえてくる。相変わらず騒がしい。よくこんなところで眠れたな、俺達。
ぼんやりしながら歩いていると、突然らっだぁが足を止めた。怪訝そうに眉間にシワを寄せ、キョロキョロと辺りを見回す。
「? なんか聞こえない?」
「なんかって?」
「いやほら、チリん、って。鈴みたいな音」
耳に手を添えるらっだぁに、俺も釣られて同じように手を丸める。確かに、森がざわめく音に混じり、チリチリ、チリチリと高い音が聞こえる。
「人?」
「かな。早くここから離れよ───」
そう言い終わらないうちに、背後から鋭い光に照らされた。
その瞬間、体が固まる。振り返ることすらできなかったが、俺達が突然放られた状況がどれだけ最悪なものなのかは嫌でも分かった。
らっだぁは俺の背中越しに光源を見て、驚愕に目を丸くした。
「君たち、何やってるんだ? こんなところで、大人と一緒じゃないのか?」
警官だ。まさか、こんなところにまで。
自転車のタイヤの音と、訝しげな声。ガチャガチャと装備を揺れさせながら、その人が雑草を掻き分けて近づいてくる。
時計がないからよくわからないが、俺達の年齢でこんな暗い中歩いていれば補導は免れない。捕まれば、俺達が……らっだぁが準備してきたこと全てが、水の泡になってしまう。
冷や汗が全身を伝い、視界が揺れた。心臓が早鐘を打ち鳴らし、緊急事態だと騒ぎ立てた。
俺は、必死に考えた。どうする、どうすればいいんだ!?
その問いにいち早く答えを出したのは、らっだぁだった。
「ぐちつぼ、行こ」
「えっ? ちょ、待っ───」
力いっぱい手を引かれて、俺は弾かれたように走り出した。その拍子に眼鏡が落ち、あっと思う間もなく草むらに消えていく。ぼやけた視界には、振り返ることもせずに走る彼の背中だけが見えた。
背後から、警察が「おい!」と叫ぶ声が聞こえる。が、それもすぐに遠ざかっていった。
前がよく見えないで、何度も転びそうになった。彼の手も引っ張っていたはずだが、それでも止まらず、ひたすら前へ前へと走る。
闇雲に走っているのか、はたまた目的地があるのか。その後ろ姿は、何も語らない。
「はぁ、はぁ……あー、もう無理!」
しばらく駆け回って、らっだぁはそう叫んで転がるようにしゃがみ込んだ。ゼェゼェ息をし、天を仰ぐ。
ざざ、と海がざわめく音がする。潮の匂いがして、ベタつく風が俺達の髪を弄んだ。喉が渇いて仕方がない、水分不足で視界が揺れた。
どれぐらい走ったんだろう。ていうか、ここどこだ? 答えはまったく、見当もつかなかった。
「自転車もあったし、さすがにここまでは追ってこれんでしょ」
息を整え、らっだぁは辺りを警戒して見開いていた瞳を細めた。確かに、自転車がこんな草むらをすぐ抜けてこられるとは思えない。これで、しばらくは安全だろう。
彼は海の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ、かと思えば心底楽しそうに笑い声を上げる。
「ねぇ見た? あの間抜けな顔!」
「え?」
「あっはは、ほんとおかしい! 警察に追われるとか、バカみたい。こんなの、漫画でしかないと思ってた」
あー、面白い。そう言って、らっだぁは石壁に背中を預けた。
ざざ、ざざ。波が岩にぶつかる音が聞こえる。夜の海は初めてだ。静かなものだと思っていたのだが、警察官を警戒し続けている耳には耳障りでしか無かった。
「綺麗な海」
らっだぁは息を吐いて、石壁に腰を下ろした。うっとりと、眼下に広がる波の流れを眺める。俺もつられて覗き込む。
月の光が、波の上でゆらりゆらりと揺れる。青黒い波はいつまでもうるさくざわめいて、俺達を嘲笑っていた。
海に吸い込まれていく風に背中を押され、思わず身を引っ込めた。これだから、高い場所は嫌いなのだ。
そんな俺を、彼は面白がって笑った。その瞳は、どこまでも深い、この海のように暗い青だった。
「……らっだぁ?」
その異様な姿に、思わず眉を顰める。まるで、まるで……今にも、消えてしまいそうな程に儚い表情。
らっだぁは、俺の声に応えて、ゆっくり振り向いた。月光を背に、穏やかな笑みを浮かべては俺に向き合う。
背後から吹き荒れる風が、俺達……いや、らっだぁを海へと誘う。
「な、なぁ。こっち来いよらっだぁ、んなとこいたら……落ちたら、どうしろって───」
「ねぇ、ぐちつぼ」
慌てふためく俺の声を遮って、らっだぁはニッといたずらっぽく笑みを深めた。遮られてしまえばもう、声が出なくなって。空気を取り込むだけの肺が、ズクズクと痛んだ。
何をするの? どこに行くつもり?
絶えず疑問が浮かび、あからさまな異常事態に混乱して渦になって、頭の中を暴れ回った。
海の音が、彼の声を掻き消さんと騒ぎ出す。おいで、おいで、と手招いているようだ。
「お前が一緒だったから……側に、いてくれたから、ここまで来れたんだよ」
体が、動かない。
心臓が痛いぐらいに拍動を繰り返し、彼の声に重なった。思考が視界ごとぐらぐら揺れる、脳みそがイタズラにかき混ぜられてるみたいだ。
彼の青髪が、満月に重なる。どうしようもないぐらい、綺麗な姿だった。
「だから、死ぬのは俺だけでいいや」
彼の体が、石壁の上で陽炎のように揺れた。
夢を、見ているようだった。白昼夢。彩色の薄い世界の中、彼は笑った。
青色の瞳が、俺を見つめて離さない。石壁の向こうに、真っ逆さまに消えていくその瞬間まで。その顔が、少し寂しげに見えた。
真っ白なシャツが揺れる、髪がたなびく。それも消える、青に呑まれてく。
どぼん、と音。
あぁ。彼が、海に溶けてしまった。
…
……
………
俺は、あっさり捕まった。
たくさんの大人達がいた。母親が泣くところを初めて見た。彼の両親もいた気がするが、何を話したかは覚えていない。彼にそっくりな青色の目をしていた。
しばらく経ってから、学校に行った。彼の席は無くなっていた。彼以外のものはすべてそのままだった、何も変わっていなかった。
家族も、クラスの奴らもいるのに、彼だけが見つからなかった。
青空が、ぷかぷか浮かんでいた。
ただ、暑い日々が過ぎていった。
…
……
………
月日は巡り、あっという間に9月になった。
俺は、毎日のように、通学路を1人で歩く。あの日、彼と歩いた道だった。
もう、蝉の声は聞こえてこない。頭上にはうろこ雲が列をなし、風からは秋の気配がする。夏が終わってしまうことが、なぜだか少し寂しかった。
「ら、るら……らー、らら」
彼の歌った子守唄を、思い出す。6月の、あの夏の匂いが繰り返し香る。
あの日、あの時。言ってあげるべきだったことがきっとあったはずだけど。俺の声は、もう彼には届かない。
彼は、遠く遠くの海の彼方、この世界の端っこにいるのだろう。冷たいのかな、温かいのかな。一人ぼっちで、寂しい思いをしてなければいいけど。
白線の上を歩く君が、海と笑う貴方が。頭の中に溢れては、飽和する。
とにかく暑い、青色の世界の中で、俺は今も生きている。
お久しぶりです、らいむです。今日は少し長めにお喋りさせていただきます。
カ.ン.ザ.キ.イ. オ.リ.様の、『あ.の.夏.が.飽.和.す.る.』の曲パロでした! かなり有名な曲ですよね、私は大好きです。
曲という限られた長さの中で、よくもあれだけ情景が浮かぶ、それも恐ろしく深い物語を書けるな、と初めは驚きました。今のところ、あの作品に並ぶ物語形式のボカロは見つけられていません。
まだ聞いたことないよって方がいればお勧めします。傘.村.ト.ー.タ.様が好きな方は恐らくドンピシャですので、よければ聴いてみてください。
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いろいろ表現の仕方が とっても素敵です!!✨ また投稿待ってます!😊