どうやら日が昇ったようだ。いつものようにレイブランとヤタールが私の頭をつついて、角を引っ張っている。
そういえば、この光景を初めてゴドファンスが見た時は卒倒しそうになっていたな。
2羽を物凄い剣幕できつく叱ろうとしていたのだ。まぁ、そうでもしないと私が起きないから、彼女達の行動はむしろありがたいのだ。あの時は興奮していたゴドファンスを宥めるのに苦労したものだ。
〈ノア様朝よ!日が昇ったわよ!〉〈今日もいい天気なのよ!日の光が気持ちいいのよ!〉
いつものことだが、彼女達の私を起こす行為には遠慮が無い。
勿論、最初からこうだったわけじゃない。初めて彼女達と寝た日は、私を気遣って体を揺するようにして起こそうとしてくれたらしい。
だが、その程度の刺激では私の意識はまるで目覚める気配は無かったというのだ。まぁ、自慢じゃないが私は誰かに起こされなければ、三日間ほど目を覚まさずに眠り続けていたことがある。そのため、彼女達が無遠慮に私を起こすのも無理は無いし、推奨もする。
なお、他の皆は私に気を使っているからか優しく起こそうとする。レイブランとヤタールみたく遠慮なしに起こしてもらった方がしっかり起きられる、と伝えたうえでだ。
彼ら曰く。
〈好きなだけ眠れば良いと思うよ?私はノア様の気持ちよさそうな寝顔を見るの好きだし〉
〈おひいさまに対し、無礼な真似はできませぬ。〉
〈私も姫様自身が許可しているとはいえ、姫様に対して粗雑な対応をするのは恐れ多く感じます〉
〈いや無理。寝返りに巻き込まれて大怪我したらヤだし〉
〈ウルミラではないが、我は一度、主を起こそうとした際、尻尾で前足を叩かれてな。それ以降は済まんが、主を起こすのはレイブランとヤタールに任せている。〉
好きなだけ寝てればいいと言う者、恐れ多くて手が出せない者、怪我を警戒する者に意見が分かれた。
フレミーの言い分はともかく、他の意見はなんとなく気持ちが分かってしまうので、遠慮なしに起こしてくれるレイブランとヤタールは本当にありがたい。それとフレミー、私はグータラにはなりたくないんだ。
というか、ホーディ、君は寝ている私に叩かれていたのか。初耳である。
寝ぼけていたり、寝ている最中のことを制御できるわけではないが、それでも一言、言ってくれた方が私は有難いぞ?
「ホーディ、私のせいで怪我をしたのなら、教えてほしかったよ。意識が無い状態とは言え、自分のやったことは把握しておきたい。怪我はもういいの?」
〈叩かれたと言っても、大した怪我にはならなかったのでな。直ぐに再生は済んだ。〉
体を起こしながらそんなやり取りがあったことを思い出す。レイブラン達も私を起こした後は日課の上空巡回、と言って良いのだろうか?とにかく、飛び立つために窓へと向かおうとしているところだった。
そうだ。彼女達にも聞いておきたいことがあるんだった。
「レイブラン、ヤタール、君達に聞きたいことがあるんだ。今日は私に付き合ってもらえる?」
〈いいわよ!おしゃべりしましょ!〉〈おやつが欲しいのよ!何を聞きたいの!?〉
窓へと向かおうとしていた彼女達に尋ねれば、快く返事をしてこちらに戻ってきてくれた。ヤタールがおやつをねだり、瞼を閉じながら私に体を摺り寄せてくる。後からレイブランも来た。軽くて柔らかな羽毛が、とても気持ちいい。
君達は本当に可愛いな。いいのかな?そんなにあざとく甘えて。限度無く甘やかすぞ?食べ過ぎてまた飛べなくなるぞ?私は抑える気が無いぞ?
寝床から降りて、体を摺り寄せてくる2羽を優しく撫でながら、果実を取りよせて切り分け、食器に乗せて2羽に差し出す。
そういえば、以前ヤタールがテーブルが欲しいと言っていたが、結局作っていない。いや、家の床が真っ平らだから必要性を感じないのだ。河原でテーブルを作ったのはあくまで平面に食べ物を置きたかったからだ。元から平面ならテーブルはいらないだろう。せいぜい、床が汚れないように食器を用意すれば、それでいい。
〈幸せだわ!この味!ノア様がいてくれないと味わえないのよね!〉〈いつ食べても、どれだけ食べても飽きがこないのよ!これだけでもノア様に仕える意味があるのよ!〉
「私は君達が望めば望むだけ甘やかすけれど、他の子達がそれを許容するわけではないことを忘れてはいけないよ?」
彼女達は一度、ラビックとゴドファンスに叱られている。いくら許されているからと言えど厚かましすぎる、と。その際、私までゴドファンスから2羽をあまり甘やかさないでほしい、と苦言を言い渡されてしまった。
無理だろう。私が意識を覚醒させてからずっと望んでいた生活が、今この場にあるのだ。この生活を守り、堪能するために、私は全力を尽くすとも。ゴドファンス、君が望めば君にだって私は全力で甘やかすぞ?
いかん。肝心なことを忘れる所だった。未だ果実を啄ばんでいる2羽に問いかける。
「ヤタール。君は以前、私が魚を持ち帰る時に器に汲んだ水を凍らせたのを見て、意思の力で複数の事象を発生させすぎだと言っていたね?普通は違うの?例えば、君達が私と戦った時に使った、空気の刃はどうなの?」
〈普通はあんなことはできないわ!意思を力に乗せることは出来ても、大抵の奴は効果の増幅くらいにしかならないわ!〉〈私達の『空刃』は意志の力だけで起こしているものでは無いのよ!でも威力を上乗せするために意思は込めたのよ!〉
彼女達が言うには、私が今まで行ってきたエネルギーに意思を乗せて事象を起こすという行為は、異常なことだったようだ。それにしても、『空刃』か。なかなかカッコイイ響きじゃないか。
〈使える奴が全然いないわけじゃないわ!でも凄く少ないわ!〉〈使える奴は最初から種族の特性として一つの事象を起こせる程度だったりとっておきの切り札にしている奴ばかりなのよ。〉
「まさに、私は規格外だった、というわけか。それなら、君達の使っている『空刃』というのはどうやって発生させたのか、教えてもらって良い?」
なるほど。エネルギーを意志に乗せて事象を発生させられる者は多くはないのか。しかも、そういった者達でも使用できる種類は一つか二つほどだ、と。
だとしたら、彼女達が使用した”空刃”の発動方法が気になる。教えてもらったら、私にもできるようになるのだろうか?
〈勿論良いわよ!役に立てて嬉しいわ!外に行きましょ!〉〈ノア様に『空刃』のやり方を教えるのよ!口で言うよりも見せた方が早いのよ!〉
実際に放つところを見せてくれるというので、レイブランとヤタールを連れて外へ出ることにした。2羽とも、まだ果実一つ分ほどしか食べていないが、彼女達は私が抱えて移動している。可愛かったからね。私が触れていたいんだ。フワフワな触り心地の羽毛が素晴らしい!
家から少し離れた場所で名残惜しいが二羽を地に降ろし、『視る』意思をエネルギー乗せて眼に送る。
それでは見せてもらおう。彼女達がどのようにして事象を発生させているのか。
〈力を使って出来る事象には法則があるわ!力を決まった形に変えると事象が起きるわ!〉〈扱うモノ、大きさ、量、勢い、向き、それらを意味する形があるのよ!それを綺麗に組み立てると事象を発生させられるのよ!〉
視れば、彼女達の目の前にエネルギーが複雑な円の形状の図形を模っていく。出来上がった図形に更にエネルギーが込められ、図形を上空に傾ける。その後、図形の中心へ小さなエネルギーがぶつけられると、図形から、エネルギーの宿った空気の刃が勢いよく上空へと放たれた。
これが、彼女たちが言う”空刃”という事象なのだろう。見たところ、最初に私に放った空気の刃と威力が同じように見える。
〈今撃ったのが『空刃』よ!一番よく使う事象よ!〉〈一番使いやすいのよ!一番効率も良いのよ!〉
なるほど。これは、面白いな。法則の形状を覚えれば、意思をエネルギーに込めずとも、色々なことが出来るだろう。その気になれば、水も生み出せるんじゃないだろうか?
それにしても、彼女達と戦っていた際にはこの図形が見えなかったのはどうしてだろうか?聞いてみよう。
「君達と戦っていた時は、その円状の図形は見えなかったよね?アレって隠せるものなの?」
〈法則の形を見ればどんな事象が発生するか大体分かるわ!〉〈手の内を晒さないようにみんな隠すのよ!〉
図形は隠せるようだ。ということは、だ。ラビックの高い身体能力やウルミラが生み出した幻は、図形を隠したうえで事象を発生させていたのだろう。おそらく他の皆も私が知らないだけで、様々な事象を発生させることができるのだろう。少し、わくわくするな。
今は各々やりたいことのために家から離れてしまっているが、そのうち皆からも法則の形状を教えてもらおう。
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