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翌朝、もかは自分のベッドで目を覚ました。体は少しだるかったが、甘い匂いは完全に消え去っていた。リビングに降りると、両親が憔悴した顔で座っていた。伊吹は、心配そうにもかの様子をうかがっている。
「もか!どこに行ってたんだ!?心配したんだぞ!」
「大丈夫!?どこも怪我してない!?」
両親が、今にも泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ごめんなさい…!心配かけてごめんなさい!」
もかは、泣きながら両親に謝る。
二人がもかを抱き締め、優しく頭を撫でる様子を見て、伊吹は心から安堵した。
その日の午後、もかはリビングで、いつものように『めたもる☆める』のDVDを鑑賞していた。伊吹は、「おおー!マジ神!神展開過ぎる!」などと、いつものような元気な声が聞こえてくるのに、思わず安堵のため息をついた。
夕方、もかはお菓子の袋を手に持ち、伊吹の部屋にやってきた。
「伊吹、これあげる。その…迷惑かけたから」
もかが伊吹に差し出したのは、伊吹が時々買ってきていた、もかの好きな塩味のポテトチップスだった。
「え?今更良いのに。まぁ、もらうけど……お前、もう甘いのはいいのか?」
伊吹が尋ねると、もかは不思議そうな顔で首を傾げた。
「え?別に食べたくなったら食べるけど…何でそんなこと聞くの?」
その言葉に、伊吹は呆然とした。ヴァイスの言葉、スウィート公国での出来事、メレンゲに侵されそうになったもかの姿……。その全てを、もかは完全に覚えているはずなのだ。
その日の夜、伊吹はベランダでタバコに火をつけた。夜風が火照った頬を撫で、心地良い。掌には、ヴァイスから渡された青緑色の宝石が、まだひんやりとした感触を保っている。
ふと、背後から声がした。
「あー、またタバコ吸ってる」
振り返ると、そこにいたのはもかだった。もかは、伊吹に呆れたような目を向けた。
「てかさ、聞いてよ伊吹!来週三次橋駅にめたもる☆めるのポップアップストアが来るらしくてさ!だから定期貸して!いいでしょ!?」
もかは、パッと顔を輝かせながら、捲し立てるようにそう言った。伊吹は、その言葉に絶句した。
「……お前、何であんなことあった後に魔法少女もの観れんの?…普通トラウマになるだろ」
「は?何言ってんの?それとこれは別でしょ」
もかは、平然とした態度で、そう言い放った。その表情は、あの一連の出来事を、まるでアニメのワンシーンのように捉えているかのようだった。
(…マジかよこいつ……)
伊吹は、心の中で呆れた。妹の切り替えの早さと、図太さに、思わずため息が出る。
「まぁ、とにかくそういうことだから。よろしくー」
そう言って、もかは自室に戻っていった。
伊吹は、呆然と立ち尽くした。
(…ほんと、俺の苦労と心配は何だったんだんだか……)
伊吹は、掌の宝石を握りしめ、深くため息をついた。その宝石は、もはや何の力も持たない、ただの石ころになっていた。
そして、来見家の日常は、どこか奇妙な色彩を帯びたまま、静かに続いていった。