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はて、こんなところに店はあっただろうか。

長いことこの辺りに住んでいるけれど、こんな雰囲気の店は見たことがない。

私がそのチョコレート色の扉やオレンジ色のランプなんかに目を引かれていると、頭上に何かが落ちてきた気がした。

「桜の花びら……?こんな季節になんで……」

何枚もの桜の花びらがひらひらと夜空を舞っていたのだ。そしてその大元は、存外近くに生えていた。

「桜の木……しかもこんな大きな……」

突然現れた見たことのない外観の店、季節外れの桜の大木。心が躍らないはずもない。

怪しい店だったらどうしよう、なんてこと少しも考えないまま、私はその「Sirius」と金色で書かれた扉を開けた。



軋んだ音を立てて開いた扉の先にあった店内は、そう……一言で表すとすれば「雑多」。

決して悪い意味ではなく、いい意味で。

壁に沿うようにして置いてある棚には西洋人形や色とりどりのアクセサリー。

奥のスペースには天井に届く高い棚にぎっしり詰まった本。

床にも壁にも、とにかくいっぱいに物が置いてあった。

ここは何の店なのだろうか。雑貨屋、アンティークショップ、それともリサイクルショップ?

その情報量に圧倒されて動けないでいると、不意に棚と棚の間から声がした。


「いらっしゃいませ、なにかお探しの物はありますか?」


びっくりした。いや、考えてもみてほしい。棚と棚の間、そんなところにカウンターがあると普通思うだろうか。思わないだろう。


「あれ?お客様?大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。大丈夫です、一応。」

「それは良かった。どうぞご自由に、お目当ての物をお探しください。」

「え、あ、えっと、ここって何のお店なんですか?」

「そうですね……まぁ、形容するとすれば『何でも屋』、といったところでしょうか。お客様がお探しの物もきっとありますよ。」

「そう、なんですね。」


お探しの物と急に言われても、外観に惹かれて入っただけの私に欲しいものなんて……。

そう思った瞬間、目の端で何かが煌めいた。

反射的に振り返った私は、それが棚に並んだスノードームであることに、一瞬の間をおいて気が付いた。

そう、スノードーム。


「お目当ての物は、見つかりましたか?」


驚いた。あの狭い隙間からどうやって私の後ろに来たのだろうか。


「スノードーム、お好きですか?いくつかお手に取っていただいても構いませんよ。」

「あ、はい。ありがとうございます。」


まったく、驚いてもとっさに口から出る言葉は平常運転なのだ。

とはいえ勧められたのだから、見ないと失礼……とまでは行かなくとも、心証は良くないだろう。


スノードーム。小さい頃に行った雑貨店で、似たようなものを買ってもらったことがある。

まだ、父と母が一緒に居た頃に。

手に取ったそれは、あの時持ったものよりもずっと小さく、軽いものに思えた。

いや、きっと私が大きくなったんだ。望まないまま、心だけ小さい頃のまま、大人になってしまったんだ。

決めた、買おう。殺風景な部屋も、少しは明るくなるだろうか。

父の声と、母の声と、柔らかかったあの時間が詰まった、そんなスノードームを置けば。

私も少しは、大人を受け入れられるだろうか。


「すみません、これ買っても良いですか?」

そう言って、いつの間にかカウンターの奥に戻っていた店員さんに聞くと、彼の目は優しく細められた。

「ええ、勿論です。……ところで、当店は基本的に物々交換制となっておりまして。なにか代わりの物はお持ちですか?」

物々交換。今時そんな制度の店があるとは思いもしなかったが、この店には不思議と似合っているように感じた。

さて、私のバッグに交換できるものなど入っていただろうか。


ノートパソコンに持ち帰った資料、筆記用具と……最近出版されたハードカバーの本。

パソコンと資料は以ての外だし、筆記用具が代わりになるとは思えない。


「この本くらいしかないんですが、代わりになったりしますか?」

「これは……ここ最近の品物で?」

「あ、はい。一応、今年の。」

「良いでしょう。この中に新しいものが混じるのも面白い。交換成立、です。」


良かった。確かまだ途中までしか読めていなかったけれど、そんなこと気にならないくらい、この交換をして良かった。


「それでは、こちらはお客様の物。こちらの本は当店の物。よろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます。」

「素敵な買い物をなされたようで、よかったです。またのご来店、心よりお待ちしております。」


暖かいランプと、沢山の品物。それと、不思議な店員さん。

それらに背を向けて、私は外に繋がる扉を引いた。

からんからん、と軽いベルの音が鳴り、気付けば私は元の場所へ戻っていた。


「入る時、あんな音したっけ?」


そう思って振り向いたけれど、そこにはもう、なにもなかった。

売却済みの空き地と、白い猫だけ。


「そういえば、あの店員さん……顔、覚えてないな」


夢、だったのだろうか。季節外れの桜に、今時珍しい物々交換制度。

カサリと音を立てて、腕の中の紙袋が揺れる。

小さな、スノードーム。

夢ではないのだと証明するように、その中ではちらちらと雪が降り始めていた。


「琥珀」

「あれ、伊都。どうしたの?」

「いや別に。客来てたのか?」

「うん。若い女性だったよ。珍しいよね。」

「まぁ来るのなんて爺さん婆さんばっかだしな。何買ってったの?」

「スノードーム。なんか思い入れあるみたい。」

「そ、よかったな。巡り合えて。」

「ね、本当に。……今度は伊都が接客しても良いんだよ?」

「……前向きに検討。」

「お、今日は珍しい事ばっかりだ。成長かな。」

「良いだろ別に。今度の客は俺が相手するから、お前もちょっとは家事出来るようになれ。」

「痛い所突いてくるなぁ……最悪2階吹っ飛ぶけど。」

「……お前はそのままでいいよ。飯作ってあるから食おうぜ。」

「有能じゃん。さすが社畜。」

「元な。じゃ、先行ってるわ。」

「はーい。すぐ行くね。」





「あぁ、画面の前のお客様も、ぜひご来店くださいね。お待ちしております。」

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