旅行に来ている。
忙しい翔太に無理を言って、一泊だけ。
💙「んー、贅沢」
少し奮発して、家ごと貸し切り、みたいな規模の宿泊施設を予約した。中には温泉もプールもある。ゲストルームまであって、プライバシーが保証され、完全に2人きりになれる空間だ。
ベランダからの眺望も最高。海に面していて、今、翔太は眼下の青い海を見ながら大きく伸びをしているところだ。
後ろから、抱きすくめると、翔太が振り返ってキスをせがんだ。
舌を入れようとしたら、胸を押された。
💙「おい。そういうのは夜にしろ。時間が勿体ない」
確かに。
💛「何する?」
💙「もっと近くで海が見たい」
💛「行こうか」
手を差し出す。
翔太は躊躇なく指を絡めて、2人で海へと向かった。
目の前の海は、ホテル所有のビーチで、人が立ち入ることもなく、周囲はぐるりと、生垣に囲われていて、中を見られる心配もない。
翔太はいつになく、大胆に俺にくっついて来た。そんな翔太が可愛らしくて、俺も腰に腕を回して、潮風を楽しんでいる。
季節外れの5月の海は、泳ぐには冷たすぎて、見渡す限り無人だった。遠い沖の方に一艘の船が見えるだけだ。ホテルの人の話だと、夏には隣接した海水浴場の方は人で溢れかえるという。
とにかく2人きり、に拘って選んだ今回の旅行は、俺にとっても翔太にとっても、付き合いだしてから初めての思い出になる。
💛「疲れてない?」
💙「平気」
パラソルの下の、並んだリクライニングチェアに寝そべり、翔太は黙って海を見ている。
そのあまりにも絵になる光景に、俺は目を奪われていた。美しい顔立ち、形のいい額、意志の強い瞳、透き通るような白い肌。柔らかな髪が風に靡いている。
ふと、横目で俺を見た翔太が、口を尖らせる。
💙「あんま、見んなよ」
💛「綺麗だから見ていたい」
💙「海見に来たの!う・み!!」
💛「可愛いね、翔太は」
それにしても、雨に降られなくてよかった。
春の天候は不安定だから、俺みたいな雨男がいるとすぐグズついてしまうんじゃないかと正直気が気ではなかったが、空はこれ以上ないくらいに晴れている。
波は穏やか。
視界を遮るものは何もなく水平線が眼前に広がる。ベランダの、上から見下ろす海も美しかったが、やはり目の間にすると迫力がある。
💙「はーあ、俺、寝ちゃいそう」
💛「寝てな。俺は翔太見てるから」
💙「んー」
軽口を言い返してこないところをみると、本当に眠いんだろう。俺は、本を取り出して、読書を始めた。繰り返す波の音と、潮の香り、大好きな恋人が手の届く距離にいる、それだけで日々の疲れが吹き飛んでいくような多幸感に包まれていた。
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