19 ◇噂の元は?
だけど、何も逆らおうとしない篠原の姿に、結局奥さんは途中で
掴んでた手を放して出てった。
斎藤さんはその場から奥さんがいなくなると、いたたまれなくなった
みたいで事務所から出て行ったけど、篠原は平気で仕事続けてた。
斎藤さんを慰めにだとか、今後の対策の話し合いだとかでもいいけどさ、
とにかく『斎藤さんを追って行かないのか?』 と、俺はその時思ったのだが。
翌日落ち着きを取り戻した? 奥さんは弁護士連れで再度会社に現れた。
今度は社の上層部にお宅の会社は不倫を黙認するようなモラルの欠片も
ない会社なのか? 監督不行き届きに対し、費用を請求すると
打って出てきたんだ。
結末を知って驚いたのは俺だけじゃないと思うけど、結局会社は
奥さんに謝罪し、2人を引き離すという名目で斎藤さんを地方の営業所に
飛ばした……。
だけど、篠原はここに保留ということだった。
だから実質お咎めなしということだな。
これも不思議で、篠原って何者ぉ~? って一時囁かれてた。
本人もケロッとしてて、ええーっ、斎藤さんのこと好きだったんじゃ
ないのかよぉって思ってしまったわ。
結局、斎藤夫婦は離婚することになり、斎藤氏は会社も辞めた。
そして、奥さんは、お子さん連れて実家に帰ったのだとか。
斎藤さんと同期で仲の良かった人の話では、地方に飛ばされる前……
彼は、妻も子もなくしてすごく意気消沈していたらしい。
会社ではあんなにまとわりついてた篠原から殊の外冷たく邪険にされて
ホトホト弱ってたし。
『ホテルに行くには行ったけど、篠原が体調がすぐれないからと
病院へ向かったので、俺たち何にもまだ関係持ってもなかったのにな』
なんて斎藤氏愚痴ってたらしいけど、まぁこれは結果論だからなぁ。
言い訳にしか取れないわな、誰が聞いても。
そしてだ、2年目に別の支店から春先に異動してきたのが
丸山さんという人でこの人は40才だった。
篠原が次にターゲットにしたのがこの人だったんだ。
近づくための理由が前回同様『仕事を覚えたくて、教えてください』
だったみたいなんだなぁ、これが。
俺、軽く眩暈を感じたわ。
後は押して知るべしだっ。
多少の違いはあれど、斎藤さんの時と同じような顛末になってさ。
まぁ、丸山さんの奥さんは会社に直には乗り込んでは来なかったものの
やはり間に弁護士を挟んで会社へも監督不行き届きという名の
苦情が入り、前回と同様この丸山氏も地方へ左遷。
丸山氏の場合は子供もいなかったことから互いの気持ちは
お互い様っていうか、どちらも相手に対しての未練はあまりなかった
らしい。
だけど、奥さんと離婚したっていうのに彼は篠原からは冷たい態度を取られ、
失意のうちに島流し先へ流れていったようだ。
風の便りに聞くところによると、丸山さんは退職せず島流し先でまだ
頑張ってるようだ。
そんな前例を2つも持つ強者、篠原の今度のターゲットは、天羽冬也
だった。
俺は篠原が斎藤氏や丸山氏との付きまといをしていた頃は、ただの傍観者
だった。
何せ事情が呑み込めてなかったからね。
けど、流石に3回めともなると、気にならないわけがない。
しかも俺は恋人ではないが曲がりなりにも篠原とは同期という繋がりで
割と懇意にもしている間柄だ。
天羽さんの奥さんにふたりのことをタレコミをしたのは、何を隠そう
この俺だ。
◇やめろよ!
もうこれ以上被害者を出してはいけない、そう思ったのと……
そんなことを延々と続けようとしている篠原を見ていられなくなったからだ。
俺からのタレコミで、天羽氏へはそれとなくやんわりと彼の奥さんから
篠原との付き合い方に対して忠告が入ったと思われるが、どうも天羽氏は
奥さんの思惑通りの行動をしなかったようだ。
天羽さんの奥さんである天羽姫苺さんとは、最初のタレコミのあとも
続けて交流がある。
交流と言ってもほとんどが俺からの社内でのふたりの様子を連絡するって
いうまぁほぼ、一方通行的な形なんだけどね。
その姫苺さんから、直近のメールで『もう今の夫とはこの先一緒にやって
いけないと判断したので家を出ることにしました』という連絡がきた。
詳細は何も書かれてなかったので俺にも詳しい事情は分からずじまいだが、
許しがたい何かがあったことだけは分かった。
『今までお力になっていただいたこと感謝いたします』とあったな。
だけど結局非力だったわけだ。
また1組の夫婦が別れようとしているのだからな。
俺は 姫苺 さんの連絡を受けた後、己が非力に凹んだよ。
そして天羽 夫妻の別れを早めたのは自分のせいだともね。
別れてほしくなくて、協力したのに天羽 さんは何て馬鹿なんだろう。
何でちゃんと姫苺さんの気持ちを汲まなかったのだろう。
ほんとにいろいろ考えて凹んだ。
このすぐ後だった。
奥さんと揉めてるという噂が社内のあちこちでまことしやかに流れ
はじめてから1月後、とうとう奥さんが家を出て行ったらしいと、
これまたどこからか、たちまち社内にそのことが広まった。
まことしやかって、こんな私的なことを知る人間などひとりしか
いないだろ? 噂の元はもちろん俺。テヘッ!
どうしてこんな、らしくないことしたのだろう。
人の不幸に密の味を覚えたわけでもなければ天羽氏を貶めてやろう
などと考えたわけでもないが……。
やっぱり俺は、これ以上篠原に天羽との付き合いを止めさせたかったから
かもしれない。
まぁ今までの篠原パターンを見ている限り、篠原のほうで受け付けない
だろうとは思ったものの、奥さんが居なくなったらこれ幸いと天羽さんが
篠原とより親密度を増していく恐れもなくはなかったから。
けれど奥さんが出てった後の天羽氏が篠原に依存することはそれほど
見受けられない。
何より天羽冬也の最近の様子は見ているのも辛くなるほどの
落ち込みようだった。
今までの男たちとは少し様子が違って見えるんだな、これが。
ほんとに篠原とのことは何もなくて、ただ彼女からまとわりつかれてただけ
だったのか?
姫苺 さんが出て行ったことが本当に堪えているとしたら……
そうなってくるわけだけど。
天羽 さんと篠原の間に、一体……
姫苺さんを失望させる何があったというのだ。
俺はそこのところを無性に知りたいと思っている。
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