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「なにがしたくてあんたはここに居るのか」
私の事を少し書こうと思います。
私は2011年、大学を卒業した後、千葉県にある設備業、電気系の会社へ就職しました。その後、配属が決まると、出張班に。
一人で仕事場に向かい、現場監督や施工管理のお仕事します。
2014年に体調がすぐれなくなり、実家へ帰郷。そのまま検査をしたのですが、何も見つからないので、心療内科へ。そして休職。
休職は1年半行いました。
その後、復職したのですが、半年しか持たずにまた休職。
会社の合併に伴い、休職期間は3年延長されることになります。今度は千葉の寮での一人暮らし。
3年後、復職に向けてやってきたこともあるのですが、やっぱりだめで帰郷、実家の長野の自分の部屋に辿り着きます。
「…どうしようかな」
本当にサラリーマンという道を、休職満期で退社という形でとり、自分の人生の先が、予定かな、この場合は。それが見えなくなった時、電話が鳴りました。
「大学の研究室の先輩、通称イガさんからでした」
そこから私は植物、農を学び、シュタイナー、ゲーテ、ニュートン、そしてプラトンや色彩、気質の事を学びなおしたのですが、同時並行で物語を書くことを続けていました。
それで、ここら辺の話を整理するのにイガさんからもらったkaiさんが描かれた「10年周期 ハレとケの人生マップ」という本を実践してみましたので、それをここに貼ります。
※本の販売サイトのURLはこちらです。
https://murmurmagazine.com/booksandmagazines/25679/
ハレとケの時間の実践
0 (ハレの4年目)
1 (ハレの5年目)
2 (ハレの6年目)
3 (ハレの7年目)
4 (ハレの8年目)幼稚園入園、昆虫が好き、父の実家の山で遊ぶ、外で遊ぶ
5 (ハレの9年目)
6 (ハレの10年目)小学校入学、本来であれば多分、特別学級へ入る子がクラスに居る、その子との学校生活がスタートする。
7 (ケの1年目)クラスの雰囲気はその子中心、全ての優先権はその子に、自分がなかなか前に出られない。
8 (ケの2年目)小学校3年生、担任の先生が3回かわる。
9 (ケの3年目)高学年、クラス替え、しかし、その子と同じクラスになる。
10 (ケの4年目)その子中心の学校生活、クラブ活動、太鼓クラブ、卓球クラブ、竹細工クラブへ入る。
11 (ケの5年目)同級生たちがその子を利用して授業をなくすようにしていく。
12 (ケの6年目)小学校卒業、その子からの解放、中学校入学、野球部に入る。
13 (ケの7年目)野球、勉強共に全くついていけない、クラスでも目立たない存在。
14 (ケの8年目)勉強にとにかくついていけない、下から数えたほうが早い。
15 (ケの9年目)進路を決める、普通科に行くことを考えず、工業高校、電気科を選択
16 (ケの10年目)中学校卒業、野球部からの解放、工業高校、電気科へ入学、体操競技を始める。
17 (ハレの1年目)体操の先生との相性が良く、練習をする。高校2年生でインターハイに出る。
18 (ハレの2年目)資格を取ることが出来る、高校3年生でもインターハイ、国体の長野代表選手になる。
19 (ハレの3年目)就職ではなく、進学、日本工業大学、電気電子工学科へ進む。1人暮らしが始まる。
20 (ハレの4年目)体操、勉学、遊び、それを楽しくやる。大学3年生の時に全日本インカレに出場する。
21 (ハレの5年目)森田研究室に所属する。森田登先生、五十嵐武志と出会う。シュタイナー教育、シュタイナーの気質・色彩というモノを知る。環境論文を書く、就活をして新日本製鉄グループ、日鉄エレックスへ就職。
22 (ハレの6年目)社会人1年目、研修は北九州で初めての九州へ。半年の研修、その後、千葉県の君津へ行く。
23 (ハレの7年目)出張班、外仕事が多い。家に帰らないことが多い。
24 (ハレの8年目)一人で仕事をすることが多くなる、見積もり、設計、などを行う。
25 (ハレの9年目)出張先にて体調がすぐれなくなる、検査する、何もなし、実家で休職する。
26 (ハレの10年目)実家で休職、漢方の先生と出会う。
27 (ケの1年目)休職期間満期、半年復職、半年後、休職に入る。
28 (ケの2年目)千葉県で休職する。1人暮らし、寮生活、あまり外に行きたくなくなる。
29 (ケの3年目)千葉で過ごす、人が少ない時に外出する、部屋にいることが多い。
30 (ケの4年目)休職期間満期で退職、長野へ帰る。自分の部屋にいる。イガさんから農の授業を受ける、カール・ロジャーズ、シュタイナーの気質・色彩の本を買う。自分の事を考える。noteを始める。
31 (ケの5年目)農の授業を受ける、本を読む、課題を行う。noteに記事や物語を書く。
32 (ケの6年目)引き続き記事や物語を書く。
33 (ケの7年目)長編を書く、ショートショート、短編の物語を書いていく。気質、色彩の歴史を調べてまとめる。
34 (ケの8年目)7年周期のリズム、未来予想チャートを作る。植木鉢のベランダ実験を開始する。
35 (ケの9年目)ベランダ実験のまとめを行う、森田研究室の話を物語にして書く、エッセイ形式で書き始める。
36 (ケの10年目)ベランダ実験の物語を書く、AIを導入し、作品を書く。
37 (ハレの1年目)今年起き始めたことを、下記にまとめました。
37歳から起き始めたことを書くと少し長くなるので、要約すると、今まで出せていたゴミが出せなくなり、溜まっていく。手を洗う回数が増えて、服もかえてしまう回数も増える。
けれど、noteへ向き合う時間、自分に向かう時間、自分のやることに関して、これ以上に考える、今まで以上に考えることになり、こうやって色んなことをまとめることに。
そんな私の、休職中に感じたことを書こうと思います。
タイトルにもあるのですが、最終的には「手放してしまえばいい」という風に成れるかどうか。
多分、当時の私に言ってもそれは出来ないですし、いま、こういう状況になりたての人が読んでいるとしたら、それは出来ない話になると思います。
「仕事を、今の仕事をするために頑張ってきた。それをなかったことにする」
というのはとてつもなく、自分を受け入れるということに時間が掛かります。私もかかりました、仕方のない事です。
自分を受け入れることが出来る。と簡単に口でも言えますし、文章や言葉にもなるのですが、じゃあ実感はどこでするのか。というと時間が掛かる。としか言いようがありません。
「ただ、毎日を自分のしたいように、やりたいように、ある意味、自分のままにしてあげる」
ということを続けると、だんだんと見えてくるものが有ります。
会社には自分が必要である。という大いなる勘違いをしていることや、自分の生き方はこれしかないから、復職するしかないんだ。
「…自分は一体何をしに、地球へやってきた?」
ということに到達していくことがあります。…大げさではなくそもそも、なんでここにいるのか。ということの答えは、条件が揃ったからです。お父さん、お母さんが居て、その条件がそろったから私がここに居る。
私、にとっても、あなた、にとってもそれは同じことで、環境やそういった条件が整うと、休職と言う形になるし、また別の形に成れば、定年まで働ける。という形に成るのかもしれません。
私はそれでも、物語やこういう記事を書くことを選びました。
まだ、わかりやすい収入や結果というのは得られていませんが、これが続けられているということは、結局、それが、これが何かになると私自身が信じているからである。とそう感じるわけです。
2014年、今は2026年、当時はまだ25歳。現在は37歳。
12年間経ちました。
この時間に積み上げたものが、私のこの先を見せる輝きになる。
ハレとケで答えると、これからの10年間は「ハレ」の時間に入っています。言い方があれかもしれませんが、ある意味、「ケ」の時間をケの時間らしく過ごしたのではないのかな。とそうまとめて思いました。
コメント
1件
寺島あおいです。エッセイ、読ませていただきました。 「手放してしまえばいい」というタイトルが、冒頭から胸に刺さりました。休職を経て、仕事を「なかったことにする」葛藤と、それでも「自分のままにしてあげる」と書けるまでの12年——その重みがひしひしと伝わってきます。ハレとケの人生マップで自分の時間を整理されたところ、特に「ケの時間をケの時間らしく過ごした」という一文に、じんわりと力をもらいました。無理にポジティブに変換せず、そのままを受け入れる姿勢が、とても誠実で美しいと思いました。続きを静かに待っています🌷
藤塚 太陽
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#ノンフィクション
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