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「イーリス、もういいぞ。こっちへおいで」
通路から覗き込んで様子を窺っていたイーリスが、ひょこひょこ歩いてきて安堵の表情をみせる。クリスタルスライムという初めて見た強大な敵に足は竦んだが、大賢者と呼ばれる魔導師の戦いぶりを見られて嬉しそうだった。
だが、彼女は途端に顔を青ざめさせる。
「ヒ、ヒルデガルド!? お、お腹に怪我が……!」
「うん?……あ、本当だ。これはひどいな」
いつだったのかは分からないが、水晶の破片が刺さっている。本体を砕いた際に飛び散った一部なのか、小さな棒きれくらいの破片で、ヒルデガルドは深く刺さっているにも関わらず何の躊躇もなく引き抜き、一瞬の痛みに膝をついたが、ものの数秒で立ち上がって「これで大丈夫だ」と息を吐く。
いったいどこがだと言いたくなるような様子だったが、服が破けて見えている素肌は、確かに傷ひとつない綺麗な状態だった。
「な、なんで? もしかして高位の治療魔法を? いや、でも魔力の感覚は全然なかったけど……そもそも、そんなに一瞬で治るものだっけ」
動揺するイーリスを、くっくっ、と笑って彼女は言った。
「誰にも言うなよ、実は不死身なんだ。霊薬を飲んでいてな」
「霊薬……って、つまり不老不死の薬だよね!?」
「ああ。町へ来る少し前に完成したんだ。はて、何年掛かったか」
重ねてきた苦労の結晶が身に宿っているのを感じる。死への恐怖も克服され、痛みはあっても僅かな時間だ。魔導師ならば誰もが一度は夢見る不老不死を完成させたというヒルデガルドに、イーリスは驚嘆させられた。
「すごい……。前人未到の大偉業じゃないか」
「材料も特殊で、集めるだけでも骨が折れたものだ」
魔水晶をイーリスに預け、通路から響いてくる試験官たちの声に、一仕事終えた実感が湧く。
「さあ、行こう。私たちの昇級試験もこれで終わりだな」
「クリスタルスライムのことはどうするの、報告する?」
「いや、しなくていい。ここでは何も起きなかった」
コボルトロードを超える怪物がいたとなれば、調査の目が向くのは魔物の行動理由ではなく倒した人間だ。ヒルデガルドは自分が派手に目立つのを嫌がったので、イーリスも必要以上に勧めたりはしなかった。
やがて閉じ込められている冒険者がいないかを探しにやってきたクレイグを筆頭とするゴールドランクの冒険者数名が、毛布や担架を運んできたが、二人が無事なのを見て必要がないと分かってホッと胸をなでおろす。
「良かった……。お二方とも無事でしたか」
「やあ、クレイグ。心配を掛けたな」
「本当ですよ? 結構探したんですから」
落盤事故に加えてコボルトロードまで出たと報告を受けた彼らは、正直なところ誰も生き残っていないかもしれない、と思いながらの捜索にあたっていた。いくつも塞がれた道を無理やりこじ開ける形で崩れないよう慎重に最深部までやってきてみれば、そこにいたのは魔物などではなくヒルデガルドとイーリスの二人なのだから、見つけた瞬間の安堵と驚きは大きかった。
「普通は待っているでしょうに、まさか最深部まで来てるだなんて。どこかで瓦礫の下敷きにでもなっていたら、あるいは魔物に襲われたんでは、と我々も肝を冷やしましたよ。お二人が無事で本当に良かった」
兜で顔が隠れているが、クレイグの穏やかな声色に、彼がいかに善良な人間であるかを思わせた。ヒルデガルドたちは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「すまない、どうしても成果を出したくてね」
差し出された魔水晶を受けとって、クレイグが「おお」と声をあげた。
「珍しいですねえ、このサイズは。最深部にはこれが?」
「ああ、ギルドに提供しようかと思うんだが」
「良いサイズですから、それなりの追加報酬が期待できそうですね」
魔水晶は加工されて魔道具になるが、その際に削られるなどして小さくなるので、大きいものになると貴重で高い値がつく。最初の大きさからみれば十分だったが、いささか残念に思っているのはおくびにも出さないでおいた。
「よし、では他のみんなは怪我人を連れだしてくれ。彼女たちは怪我もさほどじゃないようだから、俺が外まで同行する」
クレイグの指示に従って他の数名いる怪我人を運び出す作業に移り、ヒルデガルドたちは先に洞窟の外へ出ることになった。そのとき、ふと彼は部屋の中に転がっている水晶の破片を目に映して不思議そうに首を傾げた。
「……ん? あの水晶、なんだか形が妙ですね」
魔水晶の大きさから考えて採掘の際に出来たとは考えにくい破片を目ざとく見つけられたので、ヒルデガルドは少しだけ慌てて「洞窟の中なんだ、よくあることだろう」と、早く出たいことを伝えて彼の意識を逸らす。
「念のため回収しておきます。ちょっとした装飾品の素材にでも使えるかもしれませんから、これもヒルデガルドさんたちの追加報酬として換金できないか、俺がギルドに掛け合ってみましょう。二人の頑張りを認めてもらわないと」
ぐっ、と親指を立てる。クレイグは試験で最深部まで辿り着けるのは、ゴールドに匹敵するシルバーランクの冒険者くらいだと思っていたので、怪我をしても諦めず突き進んだブロンズランクの二人を称えたかった。
「フッ、気の利く良い男だ。では外まで案内を頼むよ」
「お任せあれ。安全は確保していますので、ゆっくり帰りましょう」