テラーノベル
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……暗い。天井の明かりはなく、窓も塞がれている。
湿った空気と、微かに香る柔軟剤の匂い。
そして、背中に伝わる冷たい床の感触。
『……っ……ここは?』
良規は、ゆっくりと目を開けた。
まず目に飛び込んできたのは、自分の腕に巻かれた鎖だった。
重たく冷たい鉄の感触が、手首から足首まで締めつけている。
『な……っ、えっ……なんで……!?』
身体を起こそうとしても、鎖が音を立てて動きを制限する。
どうにもならない。
逃げられない。
「良規くん落ち着いて。」
その声に、良規は顔を上げた。
そこに居たのは……
美咲さんだった……。
黒いワンピース姿。
微笑を浮かべ、手には一つの鍵が握られている。
「びっくりさせちゃったかな?でも大丈夫、安心して。ここは安全な場所だから。私と良規くんだけの世界なの。」
『……えっ?美咲さん……?』
「怖がらないで。ほら、今までの良規くんのことを考えたら……これくらい、平等でしょ?」
その声は優しいのに、瞳の奥にはどこか冷たい火が灯っていた。
「良規くん、私のこと……見張ってたよね?職場にも家にもついてきた。知らないフリしてたけど、全部わかってたよ?」
良規は身体を震わせる
『……ごめ……なさい……俺……俺は……でも、ただ……』
「好きだったから?」
美咲はにっこりと微笑んだ。
「分かってるよ。私も……良規くんのことが好きになっちゃったんだ♡♡」
その言葉に、一瞬、良規の目が潤んだ。
でもすぐに、違和感が胸を締めつけた。
『じゃあ……なんで……こんなこと……?』
「ねぇ、良規くん。好きって、なんだと思う?」
美咲は、ゆっくりと彼に近づいて膝をつき、指先で頬に触れた。
「一緒にいたい。誰にも渡したくない。全部見ていたい。裏切られたくない。逃げられたくない。ずっと私だけを見ていてほしい。」
囁くような声だった。
でもそのひとつひとつが、脳に直接突き刺さるような重さを持っていた。
『それって……おかしい……よ……。』
「何を言ってるの?良規くんも、そうだったでしょ?」
鋭い目つきで美咲さんに、そう言われた
言い返せなかった。
自分がやってきたこと。
ずっと、彼女を見ていた。
追いかけた。
勝手に好きになって、勝手に執着して、怖がらせた。
今、美咲さんが俺にしてる事と同じじゃないか……。
なのに……
美咲さんが……
ものすごく……恐ろしく見える……。
「ねぇ、良規くん。君が私を“好き”だったのなら……今の私のことも、愛せるよね?」
『……っ。』
「だって、これは良規くんがしてきたことの“お返し”なんだよ?」
数日が経った。
良規は逃げる気力もなくなっていた。
部屋は、外界から完全に遮断されている。
小さな窓もなく、スマホもなければ時計もない。
時間の感覚が狂っていく。
だが……
不思議なことに、心の奥のどこかで“安堵”(あんど)している自分がいた。
–––『誰にも見られていない……誰にも、美咲さんを奪われない……』–––
鎖の重みが、次第に“安心の証”に変わっていく感覚。
思考はゆっくりと麻痺していき、彼の中にあった“普通の倫理”が溶け始めていた。
それに気づいていたのは、美咲だった。
「ねぇ、こっち見て」
彼の前に膝をついた美咲が、顔を覗き込む。
「ほら、もう怖くないでしょ?」
良規は、小さく頷いた。
「良規くんは、もう外の世界なんて要らない。私だけを見ていればいい。……ううん違う、もうそれしかできないだよね?」
そう言って、美咲はポケットから鍵を取り出した。
そして彼の目の前に、ゆっくりと差し出す。
「ねぇ、これが欲しい?」
良規は……
答えなかった……
ただ、鍵を見つめながら、小さく笑った。
––––––––『もう……ここでいい……。』–––––––-
この鎖がある限り、自分は“彼女のもの”でいられる。
それが今は……
たまらなく……
良規には心地よかった……。
夜。
美咲は、ソファに座りながら紅茶を口に含み、静かに息を吐いた。
誰にも邪魔されない静寂。
彼はもう逃げない。
だって、もう“彼の居場所”は、ここにしかないのだから。
「大丈夫。良規くんは、私だけのもの。……永遠にね♡♡」
その瞳は、誰よりも穏やかで、優しかった。
だけど……
それは……
愛という名の檻の中でしか咲かない微笑みだった……
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