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第22話「百年前のエルフの写真が発見されました」
翌朝。
午前八時五分。
相沢直人は駅前のカフェにいた。
向かいには森野リリカ。
その隣には神崎レオン。
テーブルの上。
三人のスマートフォン。
画面には。
古い白黒写真。
着物姿の若い女性。
顔は。
どう見ても森野だった。
写真の下。
『大正十二年 京都』
森野はコーヒーを飲む。
「私ですね」
あっさり。
相沢が聞く。
「本当に?」
「はい」
「百年以上前?」
「そうです」
「何歳?」
「四十くらいです」
相沢は写真を見る。
現在の森野。
写真の森野。
ほぼ同じ。
「変わってない」
「少し若いです」
「分からない」
「私は分かります」
神崎が言う。
「私も分かります」
「どこが?」
「目元」
相沢には。
まったく分からない。
「これ、何の写真?」
森野が画面を見る。
「たしか」
少し考える。
「お祭りです」
「京都の?」
「はい」
「何してたの?」
「甘酒を配ってました」
「普通だ」
森野が相沢を見る。
「何を期待してるんですか」
「エルフの秘密儀式とか」
「甘酒です」
「魔法の?」
「米麹です」
神崎が笑う。
しかし。
問題は。
写真一枚ではなかった。
神崎が画面を操作する。
「次です」
二枚目。
昭和十一年。
女学校の集合写真。
後列。
森野。
三枚目。
昭和二十九年。
商店街の写真。
森野。
四枚目。
昭和四十八年。
大学のサークル写真。
森野。
五枚目。
昭和六十三年。
企業の集合写真。
森野。
相沢が言う。
「全部いる」
「いますね」
「ウォーリーみたいになってる」
「誰がウォーリーですか」
神崎が言う。
「ネットではすでに」
画面。
『時代を超えて同じ女性が写っている』
『エルフ説ガチでは?』
『昭和の写真にもいる』
『大正にもいるぞ』
『顔が同じすぎる』
森野が頭を抱える。
「どうして皆さん、こんなに暇なんですか」
相沢が言う。
「面白いからだろうね」
「私は面白くありません」
「でもすごいよ」
「何が?」
「百年分の森野さんアルバム」
「勝手に作らないでください」
神崎が続ける。
「さらに問題があります」
森野が嫌そうな顔をする。
「まだあるの?」
「写真から過去の名前を調べています」
空気が変わる。
相沢が聞く。
「名前?」
「はい」
森野は百年以上。
同じ名前で生きてきたわけではない。
時代によって。
場所によって。
人間社会の中で。
名前を変えてきた。
「どこまで?」
森野が聞く。
「三つ」
「……」
「見つかっています」
森野の表情から。
笑いが消えた。
「それは」
「はい」
「まずいです」
午前九時。
会社。
営業企画部。
「おはようございます」
森野が入る。
耳は今日も出したまま。
昨日より。
誰も驚かない。
田中が普通に言う。
「おはよう」
部長も。
「おはよう」
昨日までなら。
髪を巻き。
耳を隠し。
秘密を守っていた。
今日は。
長い耳のまま。
パソコンを起動する。
少しずつ。
普通になっている。
しかし。
田中が来る。
「森野さん」
「はい」
「ネットで昔の写真出てるけど」
「見ました」
「本当に森野さん?」
「はい」
田中が固まる。
「大正のも?」
「はい」
「昭和十一年も?」
「はい」
「ミニスカートの写真も?」
森野が止まる。
「何ですか、それ」
田中がスマートフォンを見せる。
昭和四十年代。
若者の集団。
そこに。
短いスカート姿の森野。
森野の耳が。
猛烈に動いた。
「それは違います!」
「でも顔」
「他人です!」
ぴくぴく。
「耳が」
「これは違います!」
相沢が近づく。
画面を見る。
「森野さん?」
「見ないでください!」
「かわいい」
「見ないで!」
田中が笑う。
「昔からおしゃれだったんだ」
「これは」
森野がスマートフォンを奪おうとする。
「流行だったんです!」
「百四十三歳にも黒歴史あるんだ」
「田中さん!」
神崎が横から画面を見る。
「ああ、これ」
森野が睨む。
「レオン」
「覚えてます」
「黙って」
「当時、リリカは」
「黙ってください!」
部長が言う。
「仕事しろー」
全員が戻る。
午前十時半。
広報部から連絡。
古い写真についても。
会社はコメントしない。
森野個人も。
取材を受けない。
方針は変わらない。
しかし。
ネットでは。
森野の人生が。
勝手に年表になり始めていた。
『1880年代? 出生』
『1923 京都』
『1936 女学校関係?』
『1954 商店街』
『1973 大学生?』
『1988 会社員』
『2026 エルフ発覚』
相沢が画面を見る。
「すごい」
森野が横から見る。
「間違ってます」
「どこ?」
「昭和二十九年」
「うん」
「商店街じゃなくて、そのとき働いていた出版社の近くです」
「訂正したい?」
「絶対しません」
「あと大学」
「何ですか」
「何回目?」
森野が考える。
「三回目くらい」
「くらい?」
「昔なので」
「大学五回行った人が言う?」
「百四十三年分全部覚えてると思わないでください」
午後零時。
昼休み。
四人。
相沢。
森野。
神崎。
田中。
今日は社員食堂。
田中が聞く。
「森野さん」
「はい」
「百年以上生きてるなら」
「はい」
「昔好きだった人とかいるの?」
相沢の箸が。
止まる。
神崎も。
少しだけ表情を変える。
森野が言う。
「いますよ」
田中が驚く。
「いるんだ」
「当然でしょう」
「人間?」
森野が止まる。
相沢を見る。
そして。
「人間でした」
田中の顔が変わる。
「その人は?」
森野は。
少しだけ笑った。
「もういません」
田中も。
意味を理解した。
「ごめん」
「いいんです」
森野の耳は。
静かだった。
「七十年以上前ですから」
田中が言う。
「忘れない?」
森野は少し考える。
「忘れません」
「ずっと?」
「たぶん」
相沢は黙って聞く。
「でも」
森野が言う。
「悲しいままではないです」
「そうなの?」
「はい」
「時間が解決する?」
「少し違います」
森野は考える。
「悲しかった記憶の周りに」
「うん」
「別の記憶が増えていく感じです」
田中は黙る。
「楽しいこととか」
「はい」
「仕事とか」
「はい」
「新しい人とか」
森野は。
相沢を見る。
耳が。
ぴく。
田中も見る。
「なるほど」
「何ですか」
「新しい人」
「田中さん」
「はい」
「昼休み終わりますよ」
「あと十五分ある」
「終わります」
午後三時。
問題が起きた。
会社受付から電話。
部長が取る。
「はい」
少し話す。
表情が変わる。
「森野さん」
「はい」
「来客」
森野の耳が下がる。
「今度は誰ですか」
「八十六歳の女性」
「え?」
「森野さんに会いたいって」
「名前は?」
部長がメモを見る。
その名前を聞いた瞬間。
森野が。
完全に止まった。
相沢には知らない名前。
神崎は知っていた。
「まさか」
森野が立つ。
「どうした?」
相沢が聞く。
「昔」
森野は言う。
「知っていた人です」
「いつ?」
「昭和四十年代」
「五十年以上前?」
「はい」
「何で今?」
森野は答えない。
一階。
受付。
小柄な老婦人が座っている。
白い髪。
杖。
森野を見る。
女性の目が。
大きくなる。
「……リリカちゃん?」
森野が。
ゆっくり頭を下げた。
「お久しぶりです」
女性の目に。
涙が浮かぶ。
「本当に」
「はい」
「変わってない」
「……はい」
女性は森野の顔を見る。
そして。
耳を見る。
「そうだったのね」
森野は黙る。
「だから」
女性が笑う。
「ずっと若かったのね」
森野も。
少し笑う。
「黙っていて、ごめんなさい」
「いいのよ」
女性は首を振った。
「会えてよかった」
森野の耳が。
ゆっくり下がる。
相沢は少し離れた場所で。
二人を見ていた。
八十六歳の女性。
百四十三歳の森野。
見た目だけなら。
祖母と孫。
でも。
五十年以上前。
二人は。
同じくらいの見た目だったのかもしれない。
老婦人が言った。
「あなた」
「はい」
「まだ会社員やってるの?」
森野が笑う。
「はい」
女性も笑う。
「好きねえ」
「好きなんです」
二人は。
三十分ほど話した。
昔の友人。
昔の店。
昔の町。
亡くなった人たち。
相沢には。
知らない名前ばかりだった。
帰り際。
女性が森野の手を握る。
「今度は」
「はい」
「いなくならないでね」
森野の表情が。
止まった。
「昔みたいに」
「……」
「急にいなくならないで」
森野は。
小さくうなずいた。
「はい」
女性が帰る。
森野は。
しばらく受付に立っていた。
相沢が隣へ行く。
「大丈夫?」
「はい」
「友達?」
「昔の」
「何でいなくなったの?」
森野は少し黙る。
「彼女が三十歳くらいのとき」
「うん」
「私は」
自分の顔に触れる。
「ほとんど変わらなかったので」
相沢は理解する。
「ばれる前に?」
「はい」
「離れた?」
「そうです」
「何も言わず?」
「はい」
森野は小さく息を吐く。
「昔は、それしかなかったんです」
「……」
「同じ場所に長くいれば」
「うん」
「みんな年を取る」
「うん」
「私だけ変わらない」
相沢は何も言えない。
森野が笑う。
「だから」
「何?」
「今は少し」
耳に触れる。
「楽なのかもしれません」
「ばれたのに?」
「はい」
「変なの」
「そうですね」
退社後。
二人で歩く。
森野の耳は。
今日も隠れていない。
「週末」
相沢が言う。
「水族館」
「はい」
「行こうね」
「もちろん」
「人多いよ」
「大丈夫です」
「写真撮られるかも」
「仕方ありません」
「耳見られるよ」
「もう見せてます」
相沢は笑う。
「強くなったね」
森野が言う。
「百四十三歳ですから」
「便利に使ってる」
「相沢さんが使うからです」
駅。
別れ際。
森野が言う。
「相沢さん」
「何?」
「今日の人」
「うん」
「会えてよかったです」
「よかったね」
「はい」
「他にも昔の知り合い来るかもね」
「そうですね」
森野は少し笑った。
「それも」
耳が。
ぴく。
「悪くないかもしれません」
翌朝。
午前九時。
営業企画部。
部長が新聞を持ってくる。
「森野さん」
「はい」
「大変だ」
「今度は何ですか」
「これ」
新聞。
大きな記事。
森野の写真。
そして見出し。
『143歳のエルフ社員 百年を超える人生』
森野がため息をつく。
「またですか」
「いや」
部長が言う。
「問題はそこじゃない」
記事の下。
専門家コメント。
『仮に長寿が事実なら、老化研究・医学研究において極めて重要な存在となる』
森野の耳が下がる。
さらに。
別の記事。
『エルフの寿命の秘密、人類の長寿研究に応用可能か』
相沢も読む。
神崎の表情が変わる。
森野は。
静かに新聞を置いた。
「やっぱり」
「何?」
相沢が聞く。
森野が答えた。
「こうなりますよね」
その日の午前十時。
会社に。
一通の正式な文書が届いた。
差出人は。
国立の研究機関。
内容は。
森野リリカに対する。
医学的検査への協力依頼。
血液。
遺伝子。
細胞。
老化速度。
寿命。
森野は文書を最後まで読む。
そして。
机に置いた。
「嫌です」
相沢が聞く。
「断る?」
「はい」
「即答?」
「即答です」
森野は自分の腕を抱いた。
耳が。
完全に下がっている。
「私は」
静かに言った。
「研究材料になるために」
相沢を見る。
「人間の社会で暮らしてきたわけじゃありません」
そして。
その言葉を聞いていた神崎が。
ゆっくり立ち上がった。
いつもの穏やかな顔ではなかった。
「これは」
神崎が言う。
「少し、本気で対策したほうがいいですね」
森野が神崎を見る。
「レオン?」
「はい」
神崎は自分の耳を。
特殊化粧で隠すこともなく。
完全に出したまま。
言った。
「リリカ一人の問題ではなくなりました」
会社にかわいいエルフがいる。
そんな軽い話だったはずが。
いつの間にか。
人間とエルフが。
どう一緒に暮らすのか。
その問題へと。
少しずつ。
変わり始めていた。
コメント
1件
みぅです、読み終えました……🥀🤍 「百年前のエルフの写真」、めっちゃ沁みました。特に、昔の友人が「急にいなくならないで」って言ったところ……あそこで森野さんの表情が止まる描写、刺さりました。長く生きることの寂しさと、今は少しだけそれが楽になったっていうバランスが本当に繊細で。研究機関の話で終わるラストも、ただのほのぼのじゃ終わらせないのが好きです。次の展開、気になります……🌙