テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

 事前の打ち合わせ通りに五曲を演奏し終える前に、睦美と香苗はステージ横の子供服チーフへと短く視線を送って確認する。このまま子供達とハイタッチしてお別れするか、或いはもう一曲アンコールとして曲を披露するか。観客の反応を見て決めようということになっていたから、ピアノの上で指を動かしながら先輩社員からの次の指示を待つ。


 即座に二人に向かって、子供服チーフは頭の上で大きな丸を作ってみせてくる。それが意味するのはアンコール――もう一曲披露していいってこと。子供達は香苗と睦美の歌と演奏をまだ聞きたがっていると判断されたのだ。睦美はステージ横へ向けて大きく頷き返してから、鍵盤の前に立て掛けていた楽譜を捲った。


 最後に演奏したアニメの主題歌は誰もが知っている優しいヒーローの応援歌。まだ一歳半だと言っていた佐山夫妻の娘だって知っていそうな、愛と勇気に溢れた歌。そのサビの部分では睦美も香苗に合わせて元気よくマイクへと向かう。子供達もキラキラした瞳で飛び跳ねながら、大きな口を開けて一緒に歌ってくれていた。きっと今日一番の笑顔を集めることが出来たこの歌は、大人だって知らずについ口ずさんでしまうくらい軽快で耳心地がいい。


「いやー、思った以上に集まってたね。大成功と言ってもいい。お疲れ様」


 観客の拍手に見送られながらステージを降り、バックヤードまで戻って来た二人を待ち受けていたのは、このデパートの店長の佐伯だった。パチパチとゆるい拍手をしながらも、満足そうに頷いてから、隣にいた副店長の永田へと「これは定期的に開催することはできないのか?」と確認している。


「え、レギュラー開催にするんですか?」


 ギョッとした表情で聞き返していた永田だったが、まだ外から聞こえてくる「リンリンお姉さーん、むっちゃーん」という二人を呼ぶ子供達の声に、「フロア担当と相談してみます」と諦めたように答えていた。


「考えてもみたまえ、平日にあれだけの親子が集まってくるんだよ。デパートに小さな子供を連れて来て、手ぶらで何も食べずに帰る親がいると思うかい?」

「でしたら、次回からは催事場で――」


 広い会場でより沢山の観客を集めることを提案する永田に対して、店長は嘲るような笑みを漏らしていた。長く地方の支店に勤めて実績を積み重ねた後、売上低迷期にこの店を任された実力派という評判の佐伯は、副店長からの提案には首を大きく横に振っていた。


「甘いね、君は。子供が歌に夢中になってる時、親はどうしてると思う?」

「えっとそれは、子供と一緒にステージを観て――」

「違うね。子供向けのものを大人が観てて楽しいかい? そういう時の親はね、周りの売り場の商品を遠巻きに眺めてたりするんだよ。で、気になるものがあれば終わった後に見に行くんだ。見ててごらん、今日はイベント会場から近いほど数字を上げてくるから」


 自信たっぷりに言ってのける店長の言葉に、睦美達まで「なるほど」と感心してしまっていた。子供は既に成人済みだという佐伯は、おそらく育児にも積極的なイクメンだった可能性が高い。でなければ、子連れで出掛ける時の親の心理をこんな風に具体的に語れるはずがない。


「ああ、君達は自分の売り場のことも気になるだろう。そろそろ休憩を回さないといけない時刻だ。急いで戻ってあげなさい」


 睦美達が腕時計を見てソワソワし出したのに気付いたらしく、佐伯は片手を挙げてもう一度二人に向かって「お疲れ様」と声を掛けてくる。二人はペコリと頭を下げて上司達へと挨拶した後、足早に更衣室へと向かった。店長の言う通り、早番シフトの休憩時間がすぐそこまで迫っている。


 更衣室の隅っこの狭い洗面台でヘアメイクを整えた後、二人はそれぞれの売り場へと戻った。四階のキッズフロアに比べると人通りもまばらな一階の売り場では、朝一に受けた大量のギフトが詰め込まれた紙袋がレジの後ろに保管されたままだ。


「あれ、ハンカチのギフトの方はまだ取りに来られてないんですか?」

「あー、お帰りなさい。ああ、そのお客様ならさっき一度来られたんですけど、この袋の大きさを見て、また帰る時に寄り直すっておっしゃってましたよ」

「なるほど、了解です。――あ、小春さん、休憩行って下さいね。ちょっと遅くなりましたけど」


 ハンディモップを片手に棚掃除をしている途中だったらしい小春は、「じゃ、お先です」と掃除用具を片付けて、壁面の棚から休憩バッグを取り出していた。睦美は自分が不在だった時のレジの動きを確認した後、カウンターの引き出しを開き、朝に記入途中なままだった伝票の続きに取り掛かった。そして、それらが全て書き終わった頃に、自分を呼ぶ声に気付いて顔を上げた。


「むっちゃーん」


 ぴょこぴょことツインテールを揺らして、通路をこちらへ向かって駆けてくる沙耶に、仕事中だということも忘れてカウンターの中から手を振り返す。


「今日のお歌も、さーちゃん、全部一緒に歌えたよー」

「うん、ピアノ弾きながら見てたよ。上手に歌えてたね」

「えー、むっちゃん、見てたのぉ?」

「見てたよー。途中で何回も手振ってくれてたじゃない」


 沙耶の相手をしていると、里依紗も長男を乗せたベビーカーを押して遅れてやって来る。さすがにステージを見られるのも二度目となると別に何とも思わない。里依紗の方も平然と売り場の中を見回していた。でも、思い出したように睦美の方を振り返ってから、しれっとした顔で言ってくる。


「さーちゃんが家でも観たいっていうから動画撮ってたんだけど、ついでにお母さんにも送っといたから」

「え、なんでっ⁉︎」


 職場だということも構わず、睦美は驚きのあまりに悲鳴に似た声を出した。

彼女の歌声に合わせて

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

21

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚