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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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・・・もう、窓の外は真っ暗や。夜だ。

 

プラモデルを造っていた。正確には色を塗っていた。

テーブル・・・座卓の上に塗料のビンが散らばってる。

戦艦のプラモデル・・・・「戦艦長門」を造って塗装していた。・・・弟は隣の部屋で眠っている。

 

 

玄関に自転車が止まる音がした・・・母さんが帰ってきた。扉が開いた・・・

 

「もう、臭いなぁ・・・・」

 

これが、部屋に入るなりの、母さんの開口一番やった。

部屋の中は塗料でシンナー臭くなってた。夢中になってたボクは気づいてなかった。

 

母さんが仕事から帰ってくるのは夜や。急いで晩御飯の支度を始めている・・・

 

 

「カァ、もう、片付けや・・・ご飯にするで・・・」

 

台所から母さんの声・・・

 

 

・・・返事もしない。筆で塗り続ける。

 

 

・・・・臭いなぁって、なんやねん・・・・

 

 

色を塗り始めると途中でやめるわけにはいかない。やめてしまえば塗料が乾いてしまう。乾いた塗料は使えなくなる。最後まで塗ってしまうしかない。

学校の絵の具とちがって、プラモデル用の塗料は高価や。・・・・無駄にしたくない。もちろん、ボクがこずかいで買ってた。

 

 

「カァ、ご飯やで・・・・」

 

 

・・・・臭いって、なんやねん・・・

 

 

・・・そもそも色を塗る時間がなかった・・・プラモデルを造る時間がなかった。

 

ボクに「自由な時間」はなかった。

 

 

弟が起きているときはできない。邪魔されるし、危ないし・・・・

弟が昼寝をしている隙をみつけてプラモデルを造っていた。そして色を塗っていた・・・・

 

 

「カァ、いつまでやってんねん、はよ片付けや!」

 

両手で皿を運んできて母さんが言う。・・・・早くどかせと・・・塗料が邪魔だと・・・・顎をしゃくった。

 

 

頭の中で火花が散った・・・・

 

 

「ほんなら、いつならやってええねん!!」

 

 

戦艦長門を乱暴につかんで立ち上がった。

裏の縁側への戸を開けた。運送会社時代のタイヤだの廃材が散らばっている。

そこにめがけて戦艦長門を投げつけた。長門の砕ける派手な音がした・・・とって返して、塗料も、筆も・・・一切合切を乱暴に掴む。そのまま縁側から全部投げ捨てた。

 

怒りの全てを投げつけた。怒りの全てをぶちまけた。

 

いくつもの・・・・乾いた音・・・ガラス瓶の割れる音がした。

 

やり場のない怒りを抱えていた・・・・

 

ボクには・・・・ボクには・・・ボクには時間がなかった。

ボクには、大好きなプラモデルを造る時間はもちろん、宿題をする時間さえなかった。

 

毎日、毎日、学校が終われば、真っすぐ家に帰った・・・急いで帰った。

そして弟の面倒をみた。

・・・・弟を公園に連れて行った。

 

母さんの仕事は日曜日も休みやない・・・日曜日は、ご飯から何から・・・ぜんぶをボクがやらなアカン。

 

・・・・友達と遊ぶ時間はぜんぜんなかった・・・だから、転校してから友達がひとりもいない。

 

・・・・宿題をする時間もなかった。

もともとボクの成績は悪くなかった。・・・いや、むしろ成績は良かったんや・・・

それが、初めて「勉強がわからない」という経験をしていた・・・・転校・・・教科書は同じやった・・・それでも、授業によって進み具合は違ってた。

毎日毎日、弟の面倒を見た・・・・それだけで1日が終わった。

予習をする時間も、復習をする時間も・・・・宿題すらする時間がなかった。

・・・・気がつけば勉強がわからなくなってた。誰にも相談できない・・・・

 

・・・そして給食・・・・給食は相変わらずやった・・・相変わらず食べられなかった。

 

保健室に逃げ込んだ。

保健室の先生は、塩水でうがいをしなさいと言った・・・それだけやった。

・・・それでも、何も言わずに保健室で寝かせてくれた。

中年女の担任は、困ったような顔をしていた・・・・いや、何か言いたい感じやった・・・言葉を選んでいるような・・・考えているような・・・・それでも、けっきょくは、何も言わなかった。・・・・何かしてくれるわけやない・・・

 

・・・・給食の時間をやり過ごせば、なんともなかった。

 

「吐き気」がするのは給食の時間だけやった。

他の時間は、何もなかった・・・

 

 

何もない。

何もない。

何もない・・・・・

 

 

「透明人間」として過ごした。

誰も話しかけてこなかった。

誰にも話しかけなかった。

ただ、教室で時間の過ぎるのを待った。

 

 

・・・・弟が待っている・・・・家で、ひとりで、3歳の弟が待っている。

 

 

学校にいても弟のことが気になった。

給食の時間は・・・・弟が、どうしてるか気になった。

 

・・・・誰もいない部屋・・・・お弁当・・・・3匹の小ブタのフォーク・・・・

弟がひとりでお弁当を食べてる姿が浮かぶ・・・

 

・・・・散らかったブロック・・・・画用紙・・・クレヨン・・・

 

 

学校が終われば、逃げるように帰った。・・・学校にいたくなかった・・・

・・・・早よ帰らなあかん・・・・弟が待っとる・・・ほやから、早う・・・・

 

 

帰れば、弟を公園に連れて行った。

弟は待ってた。

ボクが帰ってくるのを待ってた。

帰ってくれば、弟は公園に行こうと、ボクの手を引いた。

お砂場セットを持って、一緒に公園に行った。

 

そこで、ブランコに腰かけ、弟を見守り、夜まで過ごした・・・母さんを待った。

 

 

晩御飯が終われば、もう深夜や・・・・

 

・・・・いったい、いつに宿題をする時間があるねん・・・・・!?

・・・・いったい、いつにプラモデルを造る時間があるねん・・・・!?

 

 

今日は、弟が寝た・・・・だから、プラモデルを造ったんや・・・色を塗ったんや・・・

 

「臭いって何やねん・・・・」

 

・・・・プラモデルを投げ捨てた縁側を見たまま、振り返りもしなかった。

力任せに戸を閉めた。・・・大きな音が響く。

そのまま2段ベッドに潜り込んだ。

 

 

・・・母さんは困った顔をしてたんやろな・・・・

 

 

 

・・・・それから何日が経ったのか・・・

学校から帰れば、家の前にセドリックが停まっていた・・・・父の車や。

ピカピカに光るアルミホイールに太いタイヤ・・・ボクが大好きやった車や。

 

部屋に入る。

父と母さんが向かい合っていた。弟が母さんに抱かれていた。・・・・弟は眠っていた。

 

・・・・父の左手首に「手甲」がついていた。

手首を保護するもの・・・建設現場で「鳶」とか「土工」とかがつけてるやつや。

・・・父は大型トラックの運転手だ。「手甲」をつける必要はない。

荷物の積み下ろしの時にもつけてたことがない。それが、ここへの引っ越しが終わってからは、いつもつけていた。

右腕に巻かれたスイス製の「RADO」・・・高級時計と、左手首の「手甲」が、やたらと不釣り合いやった。

 

・・・・それでも深くは考えなかった。

ついにトラックも辞めたんか・・・・どこか建設現場ででも働いてるんやろう・・・そう思った程度や。

ボクの頭から「父」という存在がキレイさっぱり消えていた。

 

父が、酒を飲んで暴れていた姿が焼き付いていた。

父のせいでこうなった。

全部が父のせいやった。

 

酒乱。 クズ。 ゴミ。 負け犬。

 

 

・・・・それよりも、緊迫感があった・・・ボクが帰ってきてふたりが口をつぐんだ・・・話を中断した・・・そんな感じやった・・・母さんが俯き加減や・・・

 

・・・・素通りして、奥の部屋へ。机のわきにカバンを置いた。

 

今日は母さんが休みやった。

 

「カァ・・・公園行っておいで・・・」

 

母さんはボクに200円を渡した。

 

「ジュース買うてもええからね・・・・」

 

 

ボクと弟は公園へ向かった。・・・・お砂場セットを持って・・・手を繋いで・・・

途中でオレンジジュースを1本買った。

 

公園の木陰で弟にジュースを飲ませる・・・好きなだけ飲ませた。どうせ1本は飲めない。

1/3も飲めば、ボクに差し出した。

 

「ごっちゃまか?」

 

うん、と弟が頷いた。・・・ジュースよりも砂場の方が気になるんやろう。

 

 

 

砂場で遊ぶ弟を見ていた。オレンジジュースを飲みながら弟を見ていた。

 

・・・・「父が来る」そんなことが何度か続いていた。

 

ボクにとっては「父が来る」やった。

引っ越しして、しばらくは顔を見なかった・・・だから、てっきり離婚したんやと思ってた。

そしたら、ひょっこりと顔を出した。

・・・・それでも、居るかと思えば居ない・・・・居ないと思えば居る・・・

夜いることはない・・・・ご飯を一緒に食べることもない・・・・一緒に居たくもない・・・

そんな日々が続き、そのうちに「居ない」が普通になった。

 

だから「父が来る」でしかなかった。

「父が帰ってきた」じゃなかった。

 

母さんの俯き加減の姿。

離婚するんやろうな・・・・早くすりゃあいいのに。

 

別に何とも思わなかった。

 

ボクには「感情」がなくなっていた。

もう、笑うことも、泣くこともなくなっていた。

 

少年ジャンプで笑うこともなくなった。

努力も、根性も、もう、どうでもよかった。

 

・・・そんなもん、読んでも疲れるだけや。

 

 

 

日が暮れていく。

父の顔なんか見たくなかった。

 

母さんが迎えに来るまで公園にいた。

 

ブランコに座って砂場で遊ぶ弟を見てた。

 

弟は暗くなっていく砂場で、懸命に山を作っていた。

そして水場に行ってバケツに水を汲んでくる。・・・・その水を山にかける。

 

・・・また山を高くして・・・・水場で水を汲んでくる・・・・

 

 

誰もいない。

暗い公園。

ボクたち兄弟は・・・・誰からも見えない・・・・誰にも気にもとめられない・・・・誰からも助けてもらえない「透明人間」やった。

 

 

「父を愛した」父を憎んだ。

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