テラーノベル
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すたーと!
キッチンに立つと、亮平は一度だけ深呼吸をした。
フライパンを温める音、包丁がまな板に触れる音。
この家の朝は、静かに準備しても、必ず音で満ちていく。
「卵、今日は甘めにしよ」
誰に言うでもなく呟いて、砂糖を少しだけ足す。
甘い卵焼きは、だいたいみんなの機嫌を底上げしてくれる。
「お、いい匂い」
りょうたが先にキッチンへ来て、冷蔵庫を開ける。
「味見していい?」
「一切れだけね」
「やった!」
嬉しそうに箸を伸ばすその様子を見て、亮平は少し肩の力が抜けた。
こういう何気ない瞬間が、いちばん助けになる。
ドタドタと足音。
「朝ごはん!?まだ!?」
たつやが制服のボタンを留めながら現れる。
「まだ。座って」
「昨日さ、ほんとギリで——」
「聞かないって言ったでしょ」
「えー」
文句を言いながらも、ちゃんと椅子に座る。
えらい。
「チョコは?」
ひかるが真っ先に聞く。
「朝からは出ない」
「ですよね」
わかっているのに毎日聞く。
それでも聞かずにはいられないらしい。
「でも、タピオカは放課後ね」
「生きる」
大げさな顔をするのが、この子の通常運転だ。
「おはよ」
ラウールが静かに入ってきて、椅子に座る。
背が高くて、テーブルが少し低く見える。
「眠そうだね」
「うん」
それだけ言って、コップの水を飲む。
無駄なことを言わないけど、ちゃんと聞いている子だ。
「ままぁ……」
こうじが亮平の後ろにぴったりくっつく。
「もうすぐできるよ」
「たまご、みる」
「熱いからここまでね」
背伸びしてフライパンを覗こうとするのを、そっと止める。
それだけで満足そうにするのが、まだ一年生だ。
「……」
一番遅れて、しょうたが顔を出す。
少しだけ顔色が薄い。
「無理しないで、食べられる分でいい」
「……うん」
席に座るけど、姿勢はゆっくり。
亮平は何も言わず、白湯をそっと置いた。
最後に、ドンと音。
「りょうへい、俺の席ある?」
「自分で確認して」
「え、あるじゃん」
当然のように座る蓮。
大人なのに、一番手がかかる。
「今日さ、俺——」
「話す前に食べて」
「はい」
素直。
「いただきます」
声がそろうわけじゃない。
でも、誰かが言い出すと、自然に広がる。
卵焼きが配られ、パンが並び、飲み物が行き渡る。
それだけで、テーブルは一気ににぎやかになる。
「甘っ!」
「でしょ」
「これ毎日でいい」
「却下」
亮平は笑いながら、全員の様子を目で追う。
ちゃんと食べているか、無理していないか、
今日はどこまで大丈夫そうか。
――目黒亮平は、全部を言葉にしない。
でも、見ている。
「しょうた、少し休んでからでいいよ」
「……ありがと」
それだけでいい。
「りょうへい」
蓮が小声で呼ぶ。
「なに」
「今日も、ありがとう」
突然すぎて、少しだけ言葉に詰まる。
「……当たり前でしょ」
そう言いながら、心の中ではちゃんと受け取る。
この家は騒がしい。
予定通りにいかない。
でも、こうして朝ごはんを囲めるなら、それでいい。
「ほら、時間」
亮平の声で、また一斉に動き出す。
目黒家の朝は、今日も無事に回っていた。
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コメント
1件
可愛い…… 好き……𝘚𝘯𝘰𝘸𝘔𝘢𝘯ってやっぱり最高!!