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しばらく眼鏡を外したまま仕事をしていると社桐生社長が帰って来た。
「お疲れ様です。5件ほど社長にお電話が来ています。内容はメールしてありますが、机の上にもメモを置いています」
 「ありがとう」
 「今お飲物をお持ちいたします」
 「ああ、悪いな。コーヒーを頼む」
 彼はいつもの様に私の机を通り過ぎ社長室に入っていく。早速コーヒーを入れると、チョコレートと一緒に社長室に持っていった。
 ここで働き始めて気づいたことの一つに、社長は疲れている時甘いものを食べるのが好きだ。なのでいつも彼が好きそうな甘いおやつを用意している。
 とにかく社長と八神さんは忙しい。日中は頻繁に外出して夕方になるとここへ戻ってきて夜遅くまで仕事をしている。時々食べることも忘れて仕事をしている時があるので、冷蔵庫の中には夜遅くに食べても大丈夫なような体に優しい食べ物をいつも常備している。
 「コーヒーをどうぞ」
 メールを確認しながらキーボードに指を走らせている社長にコーヒーと一緒にチョコレートを差し出した。彼はそれを見ると微笑んだ。
 「七瀬さんは美味しいチョコレートの店をよく知っているね」
 今日は有名なベルギーのチョコレート菓子を出している。先週は日本で有名なチョコレート専門店のお菓子を出してみた。
 「私も甘いものが好きでよく食べたりしているんですが、社長は今まで食べた中でどれかお気に入りはありますか?ご希望があればまた買ってきます」
 微笑んで社長を見ると、彼は呆気に取られて私を見ている。
 「あの……何か?」
 「いや……そう言えば眼鏡をかけた七瀬さんしか見た事なかったなと思って。目が悪いのかと思ってたけど、眼鏡なしでも見えるの?」
 ── あ、しまった。眼鏡かけ直すの忘れてた。
 「えっと……ちょっと目が疲れてて少しの間だけ外したんです」
 「そうだろうな、あんなに分厚い眼鏡なら。コンタクトレンズにはしないの?」
 「そうですね。ちょっと目にものを入れるのは怖いと言うか…」
 私は曖昧に誤魔化す。
 「そうか……。そういえば忙しくて歓迎会も何もしなかったけど、もし良かったら金曜日にでも八神と五十嵐さんも誘ってどこかに飲みにでも行こうか?」
 社長は以前にも同じように誘ってくれたが、金曜日の夜はいつも週末にある里親の面接やフォスターさんとの犬の引き渡しなどの準備で忙しい。
 「そんな全然気にしないでください。社長もお忙しいですし」
 私が笑顔で応えると、社長はちょっとがっかりしたような変な顔をして私を見た。
 「そう……」
 そう言った後、私の顔をじっと見て何か言いたそうな顔をしている。
 最近桐生社長はよくこういう顔をする。なぜか分からないけど、じっと私の心の中を探るかのように見つめてくる。
 思わずわたしも社長の目をまっすぐ見つめる。何が言いたいのか知りたい。私が至らぬ所があるのだろうか?仕事の事ならもっとはっきりと言ってほしい。
 私は首を少し傾げて社長に尋ねた。
 「あの……何か?」
 「……いや、なんでもない。コーヒーをありがとう」
 そう言うと社長はふいっと私から目を逸らした。
 「……そうですか? では、失礼します」
 何だかすっきりしないままお辞儀をすると、まだ変な顔で私を見ている社長を残し部屋を出た。