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第一章 まだ目覚めぬ月
第一話 黒い瞳の子
ジントは静かな子だった。
物心がつく頃には、マーサの教えた文字を覚え、本を読むことが好きになっていた。
店の本棚に並ぶ古い薬学書や旅の記録、昔話の本。
難しい言葉ばかりの本でも、わからないなりに何度も読み返した。
気付けば薬草の名前や効能も自然と覚えてしまい、マーサを驚かせることもあった。
「まったく、お前は本当に変な子だねぇ」
そう言いながら笑うマーサの顔を見るのが、ジントは好きだった。
ラディス北門近くにある薬屋。
そこがジントの世界だった。
石を積んで作られた古い家。
少し曲がった煙突。
窓辺には乾燥させた薬草が吊るされ、風が吹くたび優しい香りが漂う。
店の中には大小様々な薬瓶が並び、植物の種や乾燥した花、
蛙やトカゲの干物まで所狭しと置かれていた。
奥には小さな暖炉と大きな木の机。
古びた本棚には長い年月をかけて集められた本が並んでいる。
ジントはその場所が大好きだった。
暖炉の前で本を読む時間も。
マーサの薬作りを手伝う時間も。
二人で食事を囲む時間も。
全部が好きだった。
マーサは優しかった。
熱を出せば一晩中看病してくれた。
眠れない夜には黙って隣に座り、頭を撫でてくれた。
だからジントは知っている。
この人は自分を愛してくれているのだと。
けれど
街の人々は違った。
「……見ろよ」
「あの黒い目の子だ」
「薬屋の婆さんが拾った子だろ」
通りを歩けば囁き声が聞こえる。
黒い髪。黒い瞳。
古くから不吉の象徴とされる色。
災いを呼ぶ色。
闇に愛された者の色。
そんな言い伝えを、ジントも幼い頃から嫌というほど聞かされていた。
子どもたちはもっと遠慮がない。
「黒目!」
「呪いの子!」
「こっち来るな!」
石を投げられたこともあった。
泥をかけられたこともあった。
最初は悲しかった。
何度もマーサに泣きついた。
けれど、いつしか何も感じないふりを覚えた。
俯いて通り過ぎる。
聞こえないふりをする。
そうしていれば、そのうち終わるからだ。
マーサは傷の手当てをしながら言う。
「他人の言葉を真に受けちゃいけないよ」
ごつごつとした手が優しく頭を撫でる。
「お前は私の可愛い孫だ」
ジントは小さく頷く。
その言葉は嬉しかった。
本当に嬉しかった。
けれど
夜、一人になると考えてしまう。
どうして自分だけ違うのだろう。
どうして皆は自分を見ると嫌そうな顔をするのだろう。
鏡に映る黒い瞳を見つめながら、胸の奥が少しだけ痛んだ。
それだけではなかった。
人混みへ行くと、時折息苦しくなることがあった。
誰かが強く怒っている時。
悲しんでいる時。
理由はわからないのに胸がざわつく。
街の外へ出ると、森の奥から何かが呼んでいるような気がすることもあった。
だが、そのことをマーサには話さなかった。
心配をかけたくなかったからだ。
街の人々には嫌われていた。
友達もいなかった。
だからジントは本を読んだ。
本の中には知らない街があり、知らない景色があり、知らない人々がいた。
そこでは誰も黒い瞳を怖がらない。
誰も石を投げてこない。
気が付けば、本は一番の友達になっていた。
だけど
ジントはまだ知らない。
自分の運命も。
自分が生まれてきた理由も。
数年後、人生を大きく変える出会いが待っていることも。
コメント
1件
「黒い瞳の子」第3話、読了したわ。 ジントがマーサの愛情に包まれながらも、街の偏見に傷つく姿が切なかった…「聞こえないふりをする」「俯いて通り過ぎる」って、幼い子が身につけた防御策かと思うと胸が締め付けられる。 本が友達って台詞がじんわり響くし、最後の「人生を変える出会い」ってフレーズで、これから彼がどう変わっていくのか楽しみになった。続き待ってる🔥