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#ワンナイトラブ
おまる
「徹さん、大変なんです…美佐子さんが……!」
私の血相を変えた様子に、徹さんはすぐに状況を察した。
彼は冷静に周囲の目を避けながら、私を人気のない応接室へと促した。
屋上で美佐子さんから聞いた話……
柏木が仕掛けた捏造データと
彼女が退職を決意していることを一気に伝えると、徹さんの瞳に鋭い光が宿った。
「……柏木の奴、最後の最後まで泥を塗りたくる気か」
徹さんは低く呟くと、すぐさま自分のノートパソコンを開いた。
その指先は驚くほど速く、正確にキーボードを叩いていく。
「柏木が上海に行く前、美佐子さんのプロジェクトに関わっていた時期がある。データの改ざんをするなら、その時に仕込んだバックドアを利用したはずだ」
「な、なるほど…っ」
「……結衣、君に頼みたいことがある」
「はい…私にできることなら何でも言ってください!」
「美佐子さんが担当していた当時の紙の伝票と、日報の原本を探してほしい」
「デジタルデータが書き換えられていても、当時の生データがあれば、柏木の工作を証明できる」
「分かりました。私、書庫へ行ってきます!」
それから、私たちの孤独な戦いが始まった。
私は埃の舞う書庫に籠もり、数年前の膨大な資料の山と格闘した。
指先が黒く汚れ、目が霞んでくるけれど
あの時の美佐子さんの震える声を思い出すと、手を止めることはできなかった。
「……あった。これだ!」
三時間を過ぎた頃
私はついに、柏木の捏造データと食い違う、当時の生データが記載された日報を見つけ出した。
それを持ってデスクに戻ると、徹さんもまた
画面越しに柏木が外部からサーバーに侵入した痕跡……「デジタルな足跡」を突き止めていた。
「結衣、よくやった。…これで役者は揃ったよ」
徹さんは私の汚れを拭うように、そっと親指で私の頬を撫でた。
その指先の熱が、疲れ切った体に活力を与えてくれる。
私たちはその足で、人事部長の部屋へ向かおうとする美佐子さんを呼び止めた。
彼女の手には、既に封のされた退職願が握られていた。
「美佐子さん、待ってください。……これを見てください」
徹さんが突きつけた証拠の数々。
そして、私が抱えてきた泥臭い記録の束。
美佐子さんは目を見開き、信じられないというようにそれらを見つめた。
「あなたたち…っ、どうして、ここまで……」
「美佐子さんは、俺に仕事の厳しさを教えてくれた人です。こんな下らない嘘で潰されていい人じゃない」
徹さんの真っ直ぐな言葉に、美佐子さんの目から一筋の涙が溢れた。
「……田中さん、あなたも。私、あなたにあんなに意地悪したのに……」
「それでも美佐子さんは、最後には祝福してくれましたよね…最初は怖い人かもって思ってたんですけど、いい人かもって思って。だから、そんな美佐子さんを守りたいんです」
私が微笑むと、美佐子さんは強く唇を噛み
涙を拭った。
その瞳には、かつての凛とした、気高いお局様の輝きが戻っていた。
「……ありがとう。二人とも…っ、私、もう一度だけ戦ってみるわ。こんなところで終わるわけにはいかないもの…」
美佐子さんは退職願をバッグにしまい、私たちに深く一礼した。