テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ワンナイトラブ
おまる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「────失礼します」
徹さんの低い、けれど確信に満ちた声が人事部長室に響く。
私もその背中に続く。
中には、疲れ果てた表情の部長と、その向かいで勝ち誇ったように足を組む柏木の姿があった。
美佐子さんは、その横で青ざめながらも、背筋だけは崩さずに座っている。
「なんだ、高橋。今は佐藤(美佐子)の件で重要な話をしているんだ。部外者は……」
「部外者ではありません。私たちは、今回の不正疑惑に関する『真実』を証明しに来ました」
徹は迷いのない足取りでデスクへ歩み寄り、一冊の分厚いファイルを置いた。
それは、私たちが昨夜、一睡もせずにまとめ上げた柏木の犯罪の記録だ。
「な、なんだそれは。馬鹿馬鹿しい。データがすべてを物語っているだろう?」
柏木の顔が、一瞬で引きつる。
徹は冷ややかな視線で彼を射抜いた。
「……結衣」
促されて、私は抱えていた古い伝票の束と、手書きの日報を部長の前に広げた。
「部長、見てください。デジタル上の日付は書き換えられていますが、この紙の伝票に押された受領印の日付は、修正不可能です」
「これと、徹さんが解析したサーバーのアクセスログを照らし合わせれば、誰がいつ、どの端末から侵入して数字を書き換えたか一目瞭然です」
部長が食い入るように資料を読み始める。
ページをめくる音が、静まり返った部屋に重く響く。
柏木は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「そんなもの、偽造だ!田中が佐藤を庇うために用意した……」
「黙りなさい、柏木くん」
今まで沈黙を守っていた美佐子さんが、凛とした声で遮った。
彼女はゆっくりと立ち上がり、柏木を真っ向から見据える。
その瞳には、私が憧れた「仕事に生きる女性」の強い光が宿っていた。
「自分の無能さを隠すために、他人のプライドを泥で汚す。そんなやり方、長く続くはずがないわ。……部長、私は自分の身の潔白を、この若き部下たちが見つけてくれた証拠に預けます」
部長は眼鏡を外し、深く溜息をついた。
そして、柏木を厳しい目で見つめる。
「……柏木くん。君が持ち込んだデータと、この日報、そしてサーバーのログ…不整合が多すぎる。人事部として、君の端末を今すぐ精査させてもらう。……連れて行きなさい」
「なっ……!待て、部長!高橋、お前……っ!!」
喚き散らす柏木が警備員に連れられて部屋を出ていく。
ドアが閉まると、部屋には重い沈黙が降りた。
「……佐藤、すまなかった。精査が済むまで少し時間はかかるが、君への疑いは晴れるだろう。……それから高橋、田中。よくやってくれた」
部長室を出ると、廊下の窓から差し込む夕日が、オレンジ色に輝いていた。
美佐子さんは足を止め、深々と頭を下げた。
「……ありがとう。本当に助かった……恩に着るわ。二人が、私のためにここまでしてくれたこと…」
「いいえ、美佐子さん。私たちが、美佐子さんに辞めてほしくなかっただけですから」
私が笑って答えると、美佐子さんは少しだけ顔を赤らめ、いつものお局様らしい口調で付け加えた。
「……はあ、二人してそんな顔で私を見ないで。なんだかとってもむず痒いわ」
美佐子さんの不器用な感謝に、私と徹さんは顔を見合わせて笑った。
かつての敵は、今、何よりも心強い味方になったのだ。