テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
77
しめさば
340
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一方その頃、見張り台にいたシャーリーは結んだ縄を解こうと、必死に格闘していた。
海水を吸い硬くなった結び目は、渾身の力を指先に込めるも歯が立たない。
「ぐぎぎ……」
常備している素材剥ぎ取り用のナイフで切ればいいのだろうが、それはいつの間にかなくなっていた。
激しく揺れる船の上での戦闘。その間に落としてしまった可能性が極めて高いが、それを悔いても仕方がない。
そして、一通り苦戦したところで気が付いた。矢尻で切ればいいことに。
シャーリーは、くだらないことで必死になっていた自分を情けなく思うと同時に、そんなことにすら気が回らなかったことに落ち込んだ。
そんな自分を誰かに見られてはいないかと憂慮しつつも、縄を切るとホッと一息。
(これで皆と一緒に、喜びを分かち合える!)
そうしたかったのは山々だが、長年の冒険者の経験と勘が、それをさせなかった。
トラッキングには未だに蠢いている白い悪魔の反応。閉じ込めただけで、息の根を止めたわけじゃない。動いていて当然なのだが、シャーリーはそれに違和感を覚えたのだ。
(さっきよりも反応が強い? ……いや、強いんじゃない。近づいて来てる!?)
その反応は、既に先程通った洞窟とは全く違う場所から出ていたのだ。
「九条! 何かおかしい! 気を付けて!!」
見張り台から身を乗り出し声を上げたシャーリーを不思議そうに見上げる海賊たち。
そんな中、九条は迷わず|金剛杵《こんごうしょ》を手に取った。
突然の地響きと共に、山の側面から一本の水柱が上がる。周りの岩々が吹き飛び、そこから顔を出したのは、白い悪魔の触腕だった。
穴の大きさはそれを出すのが精一杯といったところ。だが、すぐにそれが広がってしまうだろうことは、誰の目から見ても明らかだった。
勝ち誇っていた海賊たちは信じられないという驚きと、自分たちの努力が無駄だったのかという無力感に苛まれ、唇を噛みしめながらも後退る。
「クソっ!! 撤収だ! 船に乗り込め!!」
オルクスの悲鳴にも似た号令に、踵を返す海賊たち。
その時間を稼ごうと、九条は構えていた|金剛杵《こんごうしょ》を地面に強く突き立てた。
「”アースクエイク”!」
それは鈍器適性のスキル。地震を起こし、相手の体勢を崩すというもの……。
少なくとも|金の鬣《きんのたてがみ》とやり合った時は、その程度のものだった。
岩盤を掘り進んできた白い悪魔。水柱が上がったところを見ると、サハギンたちのように水を使って掘削してきたと推測できる。であれば、その周囲の地盤が緩くなっているのは明白で、そこを崩すことが出来れば時間を稼げる。
そう考えた九条であったが、それは予想を遥かに超えていた。
地鳴りと共に襲ってきたのは、地表の裏側から思い切り突き上げられたような衝撃。
地に足を付けていた全員が倒れてしまうほどの縦揺れで、コクセイとワダツミでさえ立ち上がることが出来ずにいた。
大きな山だった地表が幾千もの岩の塊に成り果てる瞬間。中央から一気に崩れ陥没していく様子は、まるで地盤沈下である。
空間を求め崩れる土砂は海蝕洞を埋め尽くし、辺りに広がる土煙。それは地面が揺れるなんて生易しいものではなく、最早大震災とも言うべき威力。
|金剛杵《こんごうしょ》を地面へと突き立てた瞬間、九条は理解したのだ。凄まじいほどの魔力が|金剛杵《こんごうしょ》に吸われ、それが力を成した。ダンジョンハートに魔力を吸われている感覚に酷似していたのだ。
九条がそれを地面から離すと地震は収まり、視界を奪っていた土煙が少しずつ晴れていく。
先程まで剥き出しだった地面も、今や膝までが水に浸かるほどの浸水。
濡れたお尻をさすり、どうにか立ち上がる海賊たちだが、見上げた先に山はなく、そこはただの小高い丘へとなり果てていた。
「「……」」
ただ、見ているだけ。九条も含め、全員の開いた口が塞がらなかった。
徐々に明るみになった惨状。白い悪魔の触腕は力なく垂れ下がり、微動だにしない。
ヌルヌルとした表面にこびり付いた土埃で、透き通ったうどんのような白さは失われ、蕎麦のような肌感に。
それを見た海賊たちには笑顔が戻り、再度の勝利を確信する。そしてオルクスが勝利を宣言しようとした、その時だ。
「まだよ! まだ生きてる!!」
シャーリーのトラッキングには、未だその反応は消えていなかった。
先程までの大きな反応ではない。明らかに弱り、辛うじて生きている状態。
刹那、白い悪魔の周囲にあった岩石が盛り上がり、勢いよく弾け飛んだ。
そこからなんとか体を持ち上げようと試みる白い悪魔。黒い体液に塗れた巨体。満身創痍ではあるが、それでも少しずつ再生していく。
その速度は極端に遅く、うねうねと動く足からも先程までの力強さは感じられなかった。
とは言え、未だ衰えぬ眼光は生を諦めておらず、明確な敵意を宿していたのである。
その生命力に驚きながらも、九条は迷っていた。白い悪魔を即死させられるほどの火力を、どうにかしなければならない。
弱っている今なら、コクセイの”|雷霆《らいてい》”でも効果は見込めるはずだが、びしょ濡れの状態では自殺行為だ。
オルクスたち以外に知られるのは不本意であるが、死霊術でスケルトンロードを呼び出すことも考えた。しかし、時間がなかったのだ。
詠唱せずに呼び出せば、最初に呼び出したサイズで召喚される。今にも沈みそうな不安定な島でそれは、ある意味賭けでもあった。
魔法には詠唱という廃れた工程が存在する。
魔法とは、空気中の魔法元素に自分の魔力を組み合わせることにより発現する現象のこと。その工程は原動機と似ている。
空気中の魔法元素を体内に取り込む吸気。自分の魔力と混ぜ合わせる圧縮。発現させる爆発。クールタイムと呼ばれる待機時間は排気である。
魔法の詠唱は圧縮の工程に近い。丁寧に行うことにより、より強く、より正確な魔法を発現させることが出来るのだ。
だが、それは廃れた。詠唱することにより、次の一手を相手に悟られてしまうというデメリットの存在が大きく、臨機応変に素早く対応できるメリットの方が好まれる傾向にあるからだ。
現在の主流は、無詠唱。時間を掛けて撃ち出す一発の大魔法より、多少不安定でもより早く発現できる魔法を連射する方が、効率的だと考えられているからである。
詠唱しなければ完璧なスケルトンロードは呼び出せない。故に、圧縮出来なかった魔力の余剰分が大きさとなって現れる。
九条がダンジョンで最初に呼び出したそれは、失敗作なのだ。
「九条殿! ここは我らに任されよ!」
白狐から放たれる狐火の炎が白い悪魔を焦がし、ワダツミとコクセイが飛び掛かる。
その猛攻に再生速度が追い付いていない。このままいけば、いずれは倒せるのではないかと誰もが希望を抱いた。
だが、それは踊らされていただけだったのだ。
三匹の魔獣が白い悪魔を追い詰める。力なく振り回される触腕は空を切り、次第に逃げ場を無くしていく。
そして、それは起こったのだ。
白い悪魔が明後日の方向へと触腕を伸ばし、それが海水に触れた瞬間。見違えるほどの活力を取り戻したのである。
力なく振り回されていた触腕は鞭のようなしなりを見せ、全ての傷が瞬時に再生。その巨体は急速に息を吹き返した。
その変化に対応できなかった。
急激に増した攻撃速度。ワダツミは迫り来るその一撃をもろに食らい、地面へと叩きつけられる。
「がはッ……」
「ワダツミ!!」
それは地面が抉れてしまうほどの威力。九条は悩んでいる場合ではないと魔法書を手に取り、右手を掲げた。
そして、ロードを呼び出そうとした瞬間……。
——歌が聞こえた。
すると、白い悪魔の動きが極端に鈍くなったのだ。
それは、まるで見えない何かに縛られているかのようでもあった。
透き通るような歌声は、悲しくも儚い恋の歌。
グリムロックの酒場『クリスタルソング』で聞いたあの歌である。
「姉御! まだ終わってねえ! 出ちゃだめだ!」
イスハークが止めるのも聞かず船上へと姿を見せたのは、セイレーンのイレースであった。
黄金の瞳を輝かせ、美しい音色を紡ぐその歌声に込められた魔力が、白い悪魔の動きを鈍らせる。
しかし、それは僅かに足りなかった。
白い悪魔がそれに逆らい、少しずつ体の自由を取り戻していくと、イレースの顔は苦痛に歪む。
「お兄ちゃん!」「おじさん!」
その声に九条はハッとした。オルクスの船から聞こえた九条を呼ぶ声。
船首でミアが掲げていたのは、イリヤスの頭蓋。
九条がその意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
「【|死者蘇生《アニメイトデッド》】!」
頭蓋骨の周りに魔法陣が描かれると、黄金の髪をなびかせ顕現したのはイリヤスの身体。
イレースは歌いながらも、それを自分の目に焼き付けた。
少しずつ成形されるそれは、お世辞にも幻想的なものではないが、そこに現れたのは紛れもなく自分の娘であったからだ。
十年の時が経とうとも、それを見間違えるわけがない。
完全な姿を取り戻したイリヤスは、泣きそうになりながらもぐっと堪え、自分の母親に向かって優しく微笑んだ。
むしろ、我慢できなかったのはイレースの方である。歌いながらも込み上げてきた思いに耐えきれず、頬に一筋の涙が伝う。
その歌はイリヤスも知っていた。一度しか聞いた事はなかったが、すぐに覚えてしまうほど印象深かった歌。
何より母の歌である。
イリヤスは白い悪魔をキッと睨みつけると、呼吸を整え口ずさむ。
小鳥のような小さなさえずりは、少しずつイレースの歌声に引き寄せられると、二人のミンストレルソングは絶世のハーモニーを奏でた。
それは死への|前奏曲《プレリュード》。白い悪魔は完全にその動きを止めたのだ。
その隙を逃すはずがない。コクセイ、白狐に加え、シャーリーをも攻撃に参加する。
その猛攻は凄まじいものであったが、依然再生は止まらなかった。
そこへ無防備に近づいて行く九条。それに気が付くと攻撃の手を緩め、皆が固唾を飲んで見守った。
根拠はないが、九条なら何とかしてくれると、そう信じていたからだ。
左手には開かれた魔法書。九条が何かを呟くと、右手で白い悪魔の眉間に触れた。
刹那、光を発した九条の右手がズブズブと奥へと飲み込まれていく。
「【|強奪《ソウルスティール》】」
飲み込まれた腕を一気に引き抜くと、その手に握られていたのはドス黒い炎の塊。
脈打つかの如く蠢いていたそれは、白い悪魔の魂だ。
明らかに人間のものとは思えない禍々しい色と大きさ。白い悪魔は力なく倒れ、みるみるうちに萎れていく。
魂と肉体の分離。それは完全なる死を意味する。どんな生き物でさえ例外ではない自然の摂理だ。
動かぬ者を屠ることなぞ、九条にとっては造作もないこと。そして二人の歌が終わるのとほぼ同時に、九条はそれを握り潰す。
音もなく霧散する魂は地に落ちた線香花火のように、ゆっくりと光を無くし消えていった。