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海沿いを歩く。潮風で身体がベトベトする。特に暑くもないというのに、僕の身体は緊張してか汗ばんでいた。
隣には司くんがいる。彼の半袖から見える白い肌には、汗が数滴流れていた。彼も僕と同じように、緊張していたのだろうかと思う。
僕らの夏は、やっと終わりを告げた。
「なんだか、すごく長かった気がするよ」
「それは……夏がか?」
「ああ」
行く宛もなく彷徨い歩く足を止めて、空を見上げる。
「みんなで海に行って、僕が僕の秘密を話して、司くんも話してくれて…今に至るだろう?」
思い返してみると全部が動き始めたのは、晶介さんの車に乗せてもらって、みんなで海に行ったときからだっけ。
「それって、今思えば、あっという間の出来事だったのにね」
短期間に色々ありすぎて脳がパンクしそうだ、なんて笑ってみると、司くんはそれに同意したように同じく「そうだな」と笑った。
「……ねえ、司くん」
「どうした?」
「ありがとう」
僕が急に「ありがとう」なんて言い出したからか、司くんは狐につままれたような顔をして僕のほうを見た。
そして深く考え込んだ後、何も思い当たる節がなかったのか、彼はなんとなくの「ああ」で誤魔化した。その様子がなんだか子供みたいでかわいらしくて、思わず笑みが溢れてしまう。
「ふふ、すまない。急に、君に言いたくなってしまってね」
彼のための答え合わせをしたはずが、彼は僕の言葉を聞いて、もっと不思議そうにしていた。
「司くんが『海に行こう』なんて言い出さなければ、僕は君に何も伝えられなかったから。」
「だから、ありがとう。司くん。」
少し恥ずかしくなって目を逸らそうとしたが、僕の目の前には、僕よりもっと恥ずかしそうに耳までを真っ赤に染めた司くんが立っていた。
「……お前、そういうこと、平気で言うよな……」
その光景が珍しくてずっと見ていると、司くんは口を開いた。
「でもまあ、そうだな」
「うん?」
「オレが変われたのも、お前のおかげだ。…こちらこそありがとう、類!」
まばゆいほどの笑顔で、司くんは僕に手を差し伸べた。
「……司くん」
その手を取らずにはいられないくらい、今の僕は彼の輝きに圧倒されていた。
「……君も、大概だよねぇ…」
目の前の手を握りそう零すと、司くんは「何!?」と驚きつつも満更でもなさそうだった。
「…なあ、類」
「うん?」
「今のうちに話しておきたいことがあるんだ。」
随分突然だね、なんて笑うと、司くんは眉を逆さまにしながら「言うタイミングを逃したくないからな」と言う。おそらく彼自身、「話す機会を逃す」のがどれほどに苦痛であるのか、ついこの前に痛感したのだろう。
「…前にも話したとおり、オレは全くと言っていいほどに恋愛をするには向いていない。だから、今後類がオレに求めてくれたとしても、…うまく、応えられないと思う。」
そう深刻な表情で話す司くんに、「うん…」と相槌を打つ。
「…でも、だからといって、オレはずっと類のことが好きだ。嫌いになんてならない。………それは、わかっていてほしい」
「………」
ああ、こんなにさざなみの音は綺麗だっただろうか。今までBGMでしかなかった自然の音が、今では主役のように爆音で僕の頭の中で流れている。
恥。
「……改めて言われると、少し照れくさいね…」
好き。嫌いにならない。求めてくれなくたっていい。
頭の中で復唱する。そうか、と浮かれてしまう本心をよそに、こんな場面で舞い上がってはカッコよくないだろうと自分を沈める。冷静になるんだ、僕。
「(なんでも言葉にしてしまう素直な君に惚れた相手にそんなこと言ってはいけないよ、司くん………)」
ついさっき恋人に関係性が昇格したばかりだというのにこんなことを言われてしまって、僕の心拍は止まることを知らない。いや、止まってはいけないのだけれど。とにかく、心臓がうるさすぎるのだ。そして今僕の顔を見て司くんが爆笑するのも、きっと脳内に鳴り響く爆音のせいだ。
「……っふは」
「え?」
「っはは、あははっ!!!るい、類っ」
「かっ、顔!真っ赤だぞ!!」
司くんは僕の耳を掴んで、笑い声を漏らしながら「ほら、耳まで赤い」なんて呟いていた。なんだ、そのイケメンなセリフ。
「えーっと、司くん……」
僕が声を出すと、司くんの笑い声はやっと収まった。
「ははっ、はあ………し、心配する必要なかったみたいだな、類」
「……それ、馬鹿にしてないかい?」
「ばっ、馬鹿にしてはいない!」
笑いは収まったものの馬鹿にされているのがなんだか頭にきて、彼の放って置かれた手をぎゅっと握りしめた。
僕はこの日、人生で初めて恋人繋ぎをした。
・ ・ ・
「……類くん、いらっしゃい。今日も一人かい?」
「ああ。……カイトさんに、お礼がしたくてね。」
「今回の件について、僕個人の話だというのに快く相談に乗ってくれて、どうもありがとう。」
「ふふ、お礼をされるようなことはしてないよ。行動したのは類くんだからね」
「けど……」と僕がいうと、カイトさんは眉を下げて「どういたしまして」と微笑んでくれた。
実は、司くんに告白するまでの数日、彼の事について、カイトさんに相談をしていた。あの日、僕が「司くんに想いを伝える」ことをすぐに決断できたのも、カイトさんがずっと親身に話を聞いてくれていたおかげだ。あの時は当たって砕けろで半ば諦めていたのだけれど。
「類くん」
でも、諦めなくてよかった。
「司くんを、よろしくね」
本当に。
・ ・ ・
「──あの時のカイトさん、自分の子供を送り出す親みたいだったよ」
「ははっ、そんなことあったのか」
クリスマスイブ、街中に装飾されたイルミネーションを眺めながら、僕達は昔話に花を咲かせていた。
「……クリスマスはあいにく、オレも類も仕事が入ってしまっているからな。今日はたくさん話させてくれ」
僕の腕を両手で抱きしめる司くんに「もちろんだよ」と返すと、彼はにっこりと満足そうに笑った。僕も、君といる時間が何より楽しい。
「……なんだか、すごく長かったなあ」
そう彼の言葉に浸っていると、ふとそんな言葉がこぼれた。
「冬がか?」
「うん」
僕は自分でも不思議に思いながら、そう答えた。
司くんはまだ、あの時のトラウマを克服出来たわけではない。
「夏が待ち遠しいよ」
「オレは、ずっと冬でもいいくらいだ」
それでも、司くんは少しずつ前に進んでいる。
「『たくさんくっつけるから』、だろう?」
「夏に成人男性がベタベタし合うのは流石に暑苦しいしな」
今はただ、そんな司くんを
「それ、自分で言ってしまうのかい」
一番近くで、彼の隣で。支えていたい。
「……だが、」
「はやく来てほしいものだな。夏」
その星の輝きを、いつまでも見ていたい。
君の人生に、最高の演出をつけたい。
「ねえ、司くん」
「む?どうした──」
だから、
「うおっ?!る、類…お前……急に抱きついたら危ないだろう」
「ふふ、すまないね」
「……ただ、」
今はただ、僕の我儘に付き合ってくれないか。
「いつだって、君は僕の一番星だからね」
「っふ、なんだ、それ」
「ふふ、言いたくなっただけだよ」
「…こちらこそ、これからもよろしく頼むぞ!オレの演出家」
君の眼は、星のように光を含んで輝いている。
他の誰でもない、目の前の僕を、僕だけを映して。
誰にだって、言えない秘密、消えない過去いつまで経っても言えない傷はあるものだ。
そして、その傷はずっと抱えて生きていかなくてはならない。
だから、そんな君の、長い旅の荷物が少しでも軽くなるように。
僕にも、背負わせてくれないか。
その色褪せることのない、まばゆい輝きの隣で。
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
およそ1年に渡り連載を続けていました。ここまで長引くなんて思いもしていなかったですが、なんとか完結することができてハッピーです。
お話としてはここで終わりですが、彼らはまだ、物語の中で生き続けています。私達は彼らの幸せを願うことしかできませんが、これからも彼らの笑顔が、幸せが、そして彼らの周りに溢れんばかりの笑顔が咲き誇ること、作者として、読者として願っています。
1年間連載を支えてくださった読者のみなさま、本当にありがとうございました。
類司に幸あれ!
さえぎり 2025.9.23
夏だ、海だ、オレは思春期の男子高校生だ──!
完結