ゆっくりと室内に入っていく。
「ちょっと待って。何でアタシが先頭やねん」
アタシの背に隠れるようにして桃太郎。
その後にカメさん、ワンちゃん、うらしまと続く。
怖いもの知らずである筈のお姉は、廊下から笑いながらこっち見てるだけ。
その向こうでオキナが早くも腰を抜かしてた。
さらに向こうでかぐやちゃん、ボケッと余所を向いてる。
そこは噂の1─3号室。
8畳の板間。手前に小さな台所。向こうに押し入れ、奥に窓。そこには暗い色したカーテンが下がっている。
室内の造りは、アタシの住む部屋と変わらない。
ただ、空気が重い……。
ズシッと重い。
異様な感じや。
ず、ずっと閉め切ってたんやもん。それは無理ないで?
昼間なのに薄暗い室内。
足元も覚束ないのにみんながグイグイ背中を押してくる。
「押さんといて。痛いって! 肩のダメージと、アタシ足も痛いねん!」
とにかくカーテンを開ける。
パッと光が差した瞬間、みんなの悲鳴が背後にあがった。
振り返って、アタシも絶句する。
「パ、パンツっ!」
室内には見覚えあるパンツがきれいに並べられていたのだ。
知らずに踏んでいたみんなが、慌てて足をのける。
「ぜ、全部アタシのパンツや……」
何が起こった? この事態は何や?
「はっ、余のズボンもここに!」
パンツの海から桃太郎が引っ張り出したのは、失くしていたズボンや。
「幽霊だよ! 幽霊の仕業だよーッ!」
オキナの金切り声。
「ゆ、幽霊か?」
ちょっと待って。
怖いのか滑稽なのか分からん。
何で幽霊が人のパンツ盗んで、部屋中に並べるんや?
混乱するやん。
これはホラーなのか? それとも笑いなのか?
「こ、この話は、ホノボノジャパニーズメルヘンギャグ路線ちゃうんか!」
何じゃそれは、と桃太郎がズボンはきながらこっちを見る。
その時だ。
異様な空気が室内を包んだ。
ヒタヒタと静かな足音が近付いて来る。
「ここにはれいどうがとおっているよ」
抑揚のない陰気な低い声。
突然背後から投げられたその言葉に、アタシらは肝を冷やした。
桃太郎が「キャッ!」と悲鳴をあげて、アタシの腕に取りすがる。
「だ、大丈夫や。アタシがついてる」
言いながらアタシら、変な関係やなと思った。
1─3号室玄関前。
小柄な少年──よく見れば年いってる?──が陰気に立ち尽くしている。
大きな目でじーっとこっちを見て、ゆっくりボソボソ喋りだした。
「ここにはれいどうがとおっているよ」
え、何や? ここにはれいど…れいどう…霊道!?
霊道が通っているよって言った!?
霊道って何や!
一気に室温が下がった。
今回に関しては、アタシもさすがに宇宙人とは思わない。
むしろ幽霊か何かかと…。
「アンタ……誰?」
少年の大きな目がクルリとこちらを向く。
ひぃ、怖い。
「れいどうとは……」
「やっぱり! ホラ、やっぱりね!」
少年が口を開きかけた直前、オキナが突然割って入ってきた。
「ボク、霊感あるって言ってんじゃん。霊的なモノが近くにいると、すごく身体がダルめになって眠くなっちゃうんだ。朝になってもぉ、昼になってもぉ、夜になってもぉ、目覚めなかったりするんだよぉ。体力とぉ、精神力をぉ削り取られてくかんじ?」
何やその喋り方。ウザイな。
「それはアンタが怠け者なだけちゃうんか?」
そう言うとオキナは、アタシを見下すように「ハッ!」と笑った。
「霊感のない人には、何言ってもムダだって分かってるけどね~。要は感覚?ってやつ~?」
「ふ、ふーん」
オキナはものすごく得意気だ。
アンタに霊感があるのはいいけど、何でアタシがそのことに関して蔑まれんとアカンねん。腑に落ちない。
「こここの人の言うとおりです。れれれ霊道が通ってますぅ」
ワンちゃんまで言い出した。
アカン。みんな変な目つきになってきたで。
「あの……こ、こちらさんはどなたで?」
瞬きすらせずにじーっとこっちを見詰める大きな目。
アタシが視線を逸らせたのは恥ずかしいのと恐ろしいの、二つの思いからだった。
「この子? ホラ、アレよ。あそこの子。アレだってば」
お姉が近所のオバチャンみたいな話し方した。
「アレじゃ分からん。あそこじゃ分からんって」
すると少年本人がクルリとアタシの方に向き直った。
こっちを凝視しながら、身体ごと向かってくるので怖いったらない。
サラッサラの髪が優雅に揺れてる。
「じぃです」
「は? 爺?」
「じぃはねぇきみにあったことあるよ。ぱちんこいくときみかけた。でもきづいてなかったね」
こ、怖いねん!
爺は君(=アタシ)に会ったことがあるよ。パチンコに行く時に見かけたよ。でも(アタシは)気付いてなかった──そういうことか? そう言ってるのか?
いや、だから怖いねん!
「はなさかじぃです」
「お隣りの2─4の花阪さんよ。花阪G(じー)さん」
はなさかじいさん……花咲爺さん?
あぁ、今度はそのパターンできたか!
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