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「ああいえ、失業保険って出ますよねーと思って」
とのどかが言うと、
「だろうな」
と中原は言う。
「ちょっと助かります」
「家の補修でもするのか」
「そうですねー。
でも、あそこ社員寮になることになったので、補修は社長がしてくれそうな感じなんですよ」
「……なんだって?」
「あそこ、社員寮になるんです」
「血迷ったのか、成瀬社長は。
まあ、お前と……」
で、中原は言葉を止めた。
お前と結婚した時点で血迷っている、と言いかけたのだろう。
みんなが居るので言わなかったが。
「会社の評判下がるぞ」
「みんなそう言うんですけどねー。
でも、あそこ、造りも梁も立派だし、手を入れたら、すごくいい古民家になると思うんですよ」
「手を入れたらな。
コスプレ喫茶ははやめたのか」
「いや、最初からコスプレ喫茶じゃないです」
雑草カフェですよ、とのどかは言った。
「雑草ねえ。
そういえば、子どもの頃は結構食べてたな」
「ええっ?
意外ですっ」
「うちは両親共働きなんで、祖母が俺の面倒を見てたんだ。
小さな頃はよく時間をつぶすのに、祖母が俺の手を引いて、山のお地蔵様を拝みに連れていってくれた。
その途中で、雑草つんで、天ぷらとかにしてたんだ。
ユキノシタとかアザミとか」
「えっ?
アザミも食べられるんですか?」
「食べられない種類もあるみたいだが。
食べられるやつは、花も食べる人居るみたいだぞ。
っていうか、お前、雑草カフェをやろうというのに知らんのか」
と何故か怒られる。
はは、と苦笑いしたあとで、
「ユキノシタは美味しいですよね」
とのどかは、なんとか話をつなげた。
「うちのマンションの植え込みのところにも結構出てるんだよ。
ばあさんに持って帰ってやったら喜ぶだろうな、と思っていつも見てる」
いや、それはたぶん、家の周りにもあるでしょうから、違うものを持って帰ってあげてください、とのどかは思っていた。
「あとムカゴとって、ムカゴご飯にしたりな」
「あ、ムカゴご飯、最高ですよね。
でも、アザミの花は知りませんでしたねー。
花なら、カラフルでいいですよね」
と感心したように言うと、
「……もしや、お前、たいした知識もなしに始めようとしてるのか」
と不安そうに言ってくる。
「はあ、昨日も図書館で新しい雑草の本借りてきましたよ」
「そんなんで大丈夫なのか……。
まあ、俺はなんにしても、死体が入ってた冷蔵庫から出てくる食材は食べたくないが」
と中原は言う。
「死体が入ってたとは言ってませんよ。
ただ、空き家に放置された大きな冷蔵庫といえば、大抵、死体が入ってるものですからね」
「……お前の大抵はどの辺から湧いてくるんだ?」
「二時間サスペンスですかね?
でもまあ、あの家、冷蔵庫も調理器具もそろってるので、助かります」
「呪われた調理器具か」
「いや、そこは呪われてないと思いますが……。
でも、そうだ。
呪われた看板猫なら居ますよ」
「あれっ? 結局、猫居たの?」
と風子が割り込み、訊いてくる。
「うん。
でも、カリカリ食べないけど」
「じゃあ、カリカリ誰が食べてたのよ。
ライオン?」
と前回の話のイメージを引きずっているせいか言い出した。
ふうー、と横で中原が深い溜息をついていた。
忙しいので、中原に買ってきてもらったサンドイッチを社長室で食べた綾太は、もう一杯珈琲が飲みたいな、と思ったが。
社長室のあるフロアには他の部署にあるようなドリンクサーバーもなく、自動販売機もない。
秘書の誰かが淹れるか、下のカフェラウンジから持ってくるかの想定になっているからだろう。
……社長が一番不便ってどういうことだ、
と思いながら、自分で淹れるのも勝手がわからないので、下に下りることにした。
会議室のあるフロアには自動販売機があるので、社員たちが溜まっていたりするのだが、時間的にまだ大丈夫そうだった。
ミル挽き珈琲の自動販売機を見ながら、
……社員の方が絶対、俺よりいい生活をしている、と綾太は思う。
みなは、自分が美人秘書に珈琲でも淹れてもらっていると思っているようだが。
大抵の場合、一番近くに居る秘書が淹れてくれるので、淹れてくれるのは中原だ。
幾ら美形でも男なので、あまり癒されない。
綾太が珈琲が出来上がるのを待っていると、階段を上がってくる声が聞こえてきた。
食事を終えた男性社員たちが、此処で珈琲を飲もうと思ってきたようだ。
おっと、早く去ってやらないとな、と綾太は軽快な曲とともに、ちょうど出来上がった珈琲を手にした。
自分が居ると、社員たちが緊張して、くつろげないだろうと思ったからだ。
あち、と思わず、カップを離しそうになったとき、その声が聞こえてきた。
「いや~、ビックリしたな~。
あの中原がなー」
中原が?
「あいつ、胡桃沢さんとつきあってるのかな?」
……中原がっ!?
のどかとっ?
と綾太は振り返り、カップを取り落としそうになる。
「あいつがタメ口で人と話すの初めて聞いたよな。
飲み会でも崩れないのに」
中原が……
のどかとっ?
立ち尽くす綾太に、上がってきた男たちが気づき、あっ、という顔をする。
いや、あっという顔をしたのは、自分がすごい形相で彼らを見ていたからかもしれないが――。
「しゃ、社長っ、お疲れ様ですっ」
と二人は慌てて頭を下げてくる。
「中原と、のど……胡桃沢がどうしたって?」
「あ、えーと。
社食で妙に親しげだったんですよ」
自分がのどかを昔から好きなことなど知らない二人は、社食で見たことをまるっとしゃべってくれた。
のどかは帰る前、図書室に寄っていた。
そろそろあの図鑑、返さなきゃな、と思いながら。
椅子に座り、他の本をパラリとめくっていると、綾太がやってきた。
「ああ、お疲れー」
と、うっかり昔の感じで言って、ああ、こいつ、社長だったな、と気づく。
「お疲れ様です」
と言い直したが、綾太は返事もなく、ツカツカと目の前まで来た。
「お前、中原と付き合ってるのか?」
「は?」
「社食で、お前はバカかと言われてたそうじゃないか」
「いや……、それで何故、付き合ってる話になるんですかね?」
「中原にしては親密そうだったと話題になっている」
本を置いたのどかが、
「社長、実は私――」
と口を開くと、ゴクリ、と綾太は唾を呑み込んだ。
「向かいのビルの成瀬社長と結婚したんです」
「なんでそうなる……?」
今の話で、と綾太は言った。