自分との妙なウワサが流れでもしたら、中原に迷惑だな、と思い、のどかは綾太に貴弘と結婚したことを打ち明けた。
よく考えたら、手続きのこともある。
「この会社に居るのも、あとちょっとなんですけど、もう婚姻届は役所に提出しているので。
人事部も届け出した方がいいですかね?」
と訊くと、綾太は、
「いつだ」
と訊いてくる。
「は?」
「いつ、成瀬社長と結婚したんだ……?」
「あ、令和になる前にですかね?」
「平成最後の記念にということか。
そんな計画的に話を進めていたとは知らなかった」
いや、なにも計画的ではない……。
「いつ何処でどうして出会ったのか知らないが」
貴方にクビにされて、呑んだくれてて出会ったんですよ、と思うのどかに、
「まるで、シンデレラだな」
と言い、綾太は鼻で笑う。
……人から見た客観的な事実と、自分のリアルはこんなに違うものなのか、とのどかは思った。
確かに、人から見れば、窮地に追い込まれたところでイケメン社長に救われた、というシンデレラストーリーなのかもしれないが。
……シンデレラって、あばら屋に住まわせてもらう話でしたっけね?
「……シンデレラって、あばら家もらう話でしたっけね?」
ふいに訪ねてきて、そんなことを言うのどかを、はあ? と貴弘が見上げる。
そして、
「暇なら手伝え」
と言ってきた。
はあ、とのどかは空いていた貴弘の近くの席に座り、
「じゃ、のどかさん、これとこれ、こちらのデータと照らし合わせて、確認お願いします」
とさらりとめんどくさい作業を押し付けてくる若手社員にも、はあ、と言う。
そのまま機械的に仕事をしていると、
「シンデレラがどうした?」
と貴弘に訊かれた。
「いえ、綾太に、まるでシンデレラだな、と言われたんです」
「もしかして、言ったのか、海崎社長に結婚の話」
ええ、そうなんですよ、王子様、と思いながらのどかは言った。
「だって、そういえば、手続きのこととかあるかなと思って。
中原さんと話していたせいで、中原さんとの仲を疑わてしまいましたしね」
「それは迷惑な話だったろうな」
と言いながら、立ち上がった貴弘は、北村と話しながら、勝手に部屋を暗くする。
白いロールスクリーンにグラフを映して確認し始めた。
うっ、目が悪くなるっ。
「海崎社長はなんて?」
と貴弘に訊かれる。
「沈黙してました」
そのまましばらく貴弘は北村たちとグラフなどを切り替えながら話していたので、その話は終わったのだろうと思い、のどかは仕事を続けていた。
すると、忘れた頃、貴弘が言ってきた。
「……俺がシンデレラにしたかったのにと思ってたんじゃないのか?」
「誰がですか?」
「海崎だよ」
「ははは、私をクビにしろと言った男ですよ」
とのどかは言ったが、貴弘は少し迷ったあとで言ってくる。
「……海崎社長、婚約するそうだ」
「へえ、誰とですかね?
私、結構遊んでましたよ、綾太の婚約者候補の子たちと。
小さい頃、みんなで綾太の家に行くと、遊びに来たって言うのに、何処のパーティ行くんだって格好の子たちがよく来てて」
と昔話を始める。
「のどか。
もしかしたら、海崎は――」
と貴弘が言いかけたとき、あっ、社長っ、という顔をして、北村が止める。
なんだろう?
とのどかは貴弘を見上げた。
「なんですか。
社長、言ってください」
とのどかは言ったが、
「社長、莫迦なんですかっ」
と何故か、北村が貴弘がしゃべるのを止めにかかる。
やめられると余計気になるので、のどかは貴弘に詰め寄った。
「綾太がどうしたんですか。
幼なじみとして気になりますっ」
だが、そのとき、外回りから帰ってきた平田という若手社員が、
「ただいま帰りましたー」
とやってきて、
「あ、のどかさん。
雑草カフェやるんですよね?
うち、親が大量にスギナ刈ったんですよ。
いりますかー?」
と話しかけてきた。
「海崎は、本当はおま――」
「あ、スギナ、すごいですよねー、繁殖力。
うちの周りの側溝近くにも、植えてあるのかなってくらい綺麗にうわーっと生えてて、まるで芝生みたいなんですよ」
とのどかが笑顔で平田に言うと、
「……海崎、スギナに負けたな」
と貴弘が呟くのが聞こえた。
スギナの話が終わったとき、
「のどか、今日の晩ご飯――」
と貴弘が話しかけてきたが、
「あ、雑草といえば、うちはタンポポ、サラダにして食べてましたよ」
と前に座っていた社員が話しかけてきたので、
「えっ? サラダにですか?」
と話していると、後ろから、北村が笑って貴弘に言っているのが聞こえてきた。
「社長はタンポポに負けましたね――」
で、なんでだかわからないが、また貴弘と晩ご飯を食べに行くことになった。
会社近くの100均で買い物をして貴弘の仕事が終わるのを待つことにする。
ついでに、店の備品の下見もすることにした。
いろんな形のグラスがずらっと並んでいるのを見ながら、
100均のグラスとかも最近は結構いいのがあるなー、とのどかは思う。
シャンパングラスとか、別にシャンパンじゃなくても使ってもいいよね。
形可愛いし。
でも、みんな100均って満遍なく見て歩くから、
あ、これ、100均のって一発でわかるのが玉に瑕というか、と思いながら、店内を巡っていたとき、貴弘が店に入ってくるのが見えた。
近くでパーティグッズを見ていた女の子たちが、吸い寄せられるように貴弘を見る。
……見るよね、そりゃ。
私も見るな~、こんな人がいきなり近くにやってきたら。
いや、見ないかもな……。
ちょっと恥ずかしくて、見られないかも。
そういえば、出会ったときの記憶がないけど、どっちが話しかけたんだろうな、と思う。
私からは話しかけられない気がするけど。
呑んだら、気が大きくなったりするし、わからないなーなどと思っているうちに、貴弘が側まで来た。
のどかが居た辺りの棚を見て、
「……なにを買う気なんだ」
と言う。
ハゲヅラとか、「今日の主役」とか書かれたタスキとかがある。
「いや、店に飾るものをなにかと思って」
とのどかは言った。
貴弘が見たのが、たまたまハゲヅラとタスキだっただけで、可愛いバルーンとかも近くにあったのだ。
「これをか」
とタスキをひとつ取った貴弘がそれをのどかの胸の辺りに持ってくる。
「すんません」
と書いてあった。
何故、これを……と思いながら、のどかは無言で、タスキをひとつつかみ、貴弘の胸に当ててやった。
「雑用係」
「誰がだ……」
とひと揉めしたところで店を出た。
100均を出たあと、
「今日こそ、ご飯おごりますよ~」
と荷物を家に一度置きに帰りながらのどかは言ったが、
「金はあるのか」
と貴弘に冷静に言われる。
「……ツケでお願いします。
私がおごるので、給料日までツケておいてください」
「意味がわからないが……」
「え~と、じゃあ、出世払いで」
「いつ出世するんだ?」
とあばら屋を見上げ、貴弘は言ってくるが。
いや、それ、貴方の持ち家ですからね……とのどかは思っていた。
「あ、そうだ。
社食ならおごれますよっ。
給料払いなので。
うちは社員以外の人も食べられますし。
社長なんて、取引先の人ですし、ますます問題ないですっ」
「なんで俺がお前んところの社食で食べなきゃならないんだ」
「そう言えば、社長のところは、社食ないんですよね?」
いや、それなんだが……と貴弘は渋い顔で言ってくる。
「会社から結構近いし。
此処まで歩かせて、少し従業員を運動させるのにもいいから、此処を社員寮の食堂兼社食にしてもいいんだが。
……此処がまともな店なら」
と貴弘はいらぬ一言を付け加える。
「っていうか、そもそも、お前は料理ができるのか?」
「えっ?
やだな~。
できますよ~。
八神さんに作って差し上げたじゃないですか、雑炊」
「だから、雑炊だろ?」
「雑炊屋さんってのも近頃、流行ってるんですよ」
「……雑炊屋なのか? 此処。
っていうか、お前、夫の俺にご飯作ったことないのに、よその男に先に作ってるの、おかしいだろう」
と言われたので、
「だったら、社長も食べにくればいいじゃないですか、この社食兼カフェに」
とのどかは、あばら屋を指差したが、そういえば、この人、一緒に住むとか言ってたな、と思い出す。
「雑炊ばかりじゃ腹減るだろうが」
「違うメニューも考えますよ。
そうだ。
身体にやさしいメニューとか」
と言うと、ああ、それはいいな、と日頃から無理してそうな貴弘は頷いた。
「仕事がはかどるよう集中力がアップするようなメニューとか」
「なるほど」
「リラックスできて、情緒が安定するようなメニューとか」
「いや、それはまず、お前が食べろ」
と貴弘が言ったとき、
「そうだ。
私が作ってやろうか?」
と声がした。
猫耳神主が庭に立っている。
なにか自信ありげだが、貴弘は胡散臭そうに訊いてくる。
「いや、霊が作ったものとか大丈夫なのか?」
「食べたものが、かき消えるかもしれませんね」
「どんなカフェだ……」
「でも、ダイエットになりますよね」
「腹減るだろうが、仕事中」
と貴弘は渋い顔をして、やる気満々な猫耳神主を見た。
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