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ギイッ。ギイッ。ギイッ。
何かがきしむ音が響く。
輝馬は目を開けた。
真新しい白いクロス。
そのクロスに、髪の長い女の影が揺れている。
「ああッ、は……アアンッ!!ああッ!」
女の影が妖艶に揺れるたびに、自分の上から声が聞こえる。
輝馬はやっとのことで顔を動かし、自分の上に跨っている女を見つめた。
「起きたの!?市川君……!」
全裸の峰岸が、自分の上で嬉しそうに腰を振っている。
つい数日前まで処女だったなんて信じられないほどの腰の動きに、輝馬はふっと笑った。
そうか。ここは峰岸の家。
輝馬は逃げてきたんだ。
認めてくれない会社からも、
ずっと苦しめてきたストーカーからも、
自分を男として求める母親からも、
全てから、逃げてきた。
自分を受け入れてくれたのは、
ずっと恋焦がれてきた峰岸だけだった。
その事実に満足して目を瞑る。
何を失っても、彼女がいればいい。
彼女がいれば、それでーー。
「目と首は動くみたいですね」
その時、2人しかいないと思っていた空間に、男の声が響いた。
「………!?」
驚いて目を開け、顎を上げる。
「ーーこんばんは。輝馬さん」
その視線の先には、微笑んだ城咲が立っていた。
「おあ……どうしえ?」
なぜか口が回らない。
それどころか起き上がりたいのに、体が動かない。
「輝馬さんはずっと、眠り続けていたんですよ」
「………?」
意味が分からず、ただ淡々と話している城咲と、一心不乱に腰を振り続けている峰岸を交互に見つめる。
「ここに運び込んでから、3日くらい経ちましたかね?」
城咲が峰岸に言うと、
「そうね。ちょうど72時間よ」
峰岸は法悦とした表情で頷いた。
なんだ……?
なぜこの2人が話をしている……?
輝馬はいまだ読み込めない状況に、ただ視線だけをきょろきょろと動かした。
「ほら、これ。なんだかわかりますか?」
城咲は白い花を輝馬の上に翳し、さらにそれを頬に擦り付けた。
「………?」
知るわけがない。
輝馬は眉間に皺を寄せた。
「バイケイソウ。6月から8月にかけて咲くユリ科の植物です。北海道から中部地方までの山地や湿地に生える多年草です」
スラスラと説明する城咲は、口元に微笑をたたえながら続けた。
「こんな可憐な花なのに、アルカロイドを含有しています。アルカロイドとは神経毒の一種で、誤食すれば嘔吐、手足のしびれなどの症状が現れ、死亡する危険すらある強力な毒です」
城咲は歌うように軽やかに言うと、輝馬の一糸まとわぬ胸にその花を置いた。
「花言葉は、寄り添う心。さらにもう一つ。あの方が気がかり」
城咲は笑った。
「あなたのことをずうっと気にかけてきた彼女には、ぴったりの花ですね」
「…………」
輝馬は峰岸を見つめた。
彼女が……俺に毒を……?
なんで……?
潤む目で高い声を上げながら揺れ続ける彼女を見つめる。
「彼女は、高校時代からずっと、あなたのことが好きだったそうです」
喘ぎ声の間を縫うように、城咲は話し始めた。
「しかしあなたのことを見れば見るほど、追えば追うほど、あなたにも好きな女性がいることに気が付いた」
(だから、それが峰岸だったのに……!)
輝馬は笑顔で揺れ続ける彼女を見上げた。
「彼女はそれでも、高校を卒業するまでは我慢した。あなたが彼女を忘れる可能性にかけて。
しかし卒業した途端、彼女の元に、ある女が弁護士を連れて訪ねてきた。もうお分かりだとは思いますが、あなたの母、晴子さんです」
(母さんが、弁護士を連れて……?いや、それは峰岸じゃなくて……)
輝馬は目を見開いた。
この女………。
自分に跨り腰を振っているこの女は………。
「首藤灯莉さんは……」
城咲は目を細めながら静かに続けた。
「卒業してからの7年間で、計7回の痩身手術と、計23回の美容整形手術を繰り返し、限りなく峰岸優実さん本人に近い容姿を手に入れました」
輝馬の唯一自由に動かせる眼球がブルブルと震えた。
「そしてその7年間で峰岸優実さん本人に積極的にアプローチをかけ、ノイローゼにしたあげく、結果、彼女を自殺に追い込むことに成功しました」
「…………!!」
「あなたの前に現れた首藤さん。別人のようだったでしょう。それはそうです。別人だったのですから。
彼女はホストに入れ込みすぎて借金まみれになっていたのを、僕がスカウトしたのです。
それがあろうことかあなたに絆され、家に上がり込もうとしたときにはどうしようかと肝を冷やしましたがね」
輝馬の目尻から涙がこぼれ落ちた。
「3日間、寝る間も惜しんでセックスができて、本物の首藤さんはもう満足だとおっしゃっています」
城咲はそう言うとぐいと輝馬の頭頂部を掴んだ。
「もはや、使い物にならないでしょうしね」
強制的に自分の下腹部を見せられる。
ヌチュッという不気味な音と共に、彼女の陰部がそれを抜き取った。
「…………!!」
そこには、挿送の摩擦で擦り切れ、皮が剥がれ落ち中の肉が見え、真っ赤に染まった自分の陰茎があった。
「あ……あ………!」
「どこかで見たことのある光景ではないですか?」
城咲は震えながら涙を流す輝馬に顔を近づけた。
「あなたも、あの子が血だらけになるまで犯しても、行為をやめませんでしたよね?」
「……………?」
「それこそ、まるでオモチャのように」
輝馬は眼球だけで城咲を睨んだ。
城咲の見開いた目。
そこにあるのは確かに、
怒りだった。
「お前は………?」
誰だ?
その質問は口から出なかった。
彼の後ろにいる家族の顔を見て、輝馬はあんぐりと口を開けた。
「どう…てお前が……!」
その人物はにこりと笑いもせずに、城咲に目配せをした。
城咲は小さく頷くと、その人物に場を譲った。
男の手には重たそうなハンマーが握られていた。
遠い昔。
輝馬たちがまだ、
6人家族だったころ、
そのハンマーを使って、テントの杭を打ったことがあったなんて、
どうでもいいことを思い出しながら、
輝馬は目を閉じた。