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「……佐藤さん。そのドレスのデコルテおよび肩の露出度は、私の承認フローを通っていません。却下です。今すぐ布を足すか、マントを羽織りなさい。不許可です」
鏡の前で、ため息と共に背後から告げられたのは
今夜の『社交界デビュー兼・夜会参加プロジェクト』の総責任者、一ノ瀬部長の声だった。
私が今纏っているのは、白と金を基調とした、清楚かつ華やかな夜会用ドレス。
没落寸前の男爵家が、文字通り「清水の舞台から飛び降りる」覚悟で新調した、最高級の一着だ。
……確かにデコルテは少し開いているけれど、この世界の夜会ではこれが「標準」であり、むしろ保守的な部類のはずなのに。
「ええっ、部長! これでも十分、お淑やかにまとめたつもりなんですけど! 今さらマントなんて羽織ったら、せっかくのドレスのシルエットが台無しですよ!」
「……佐藤さん。貴女はまだ、この世界の社交界という名の『市場』の動向を全く理解していません」
「無駄な露出は、下俗な輩の視線という名の『不必要なノイズ』を招くだけです。我々の目的は、あくまで『ハッピーエンド完遂のための確固たる地位の確立』であって、貴女の個人資産を不特定多数にバラ撒くことではありません」
「ええ……まあ、確かに、そうですけど…」
「分かったら着替え直しなさい」
一ノ瀬部長は、自身の黒い夜会服を隙なく着こなし
冷徹な眼鏡の奥の瞳で、私のドレス姿を上から下まで、まるで厳しい査定でもするように見つめた。
その視線が、私の首筋から胸元にかけて一瞬留まった瞬間
彼の白い頬が、微かに熱を帯びたように赤らんでいるのが分かった。
しかし、その声はどこまでも冷徹な「上司の敬語」のままだ。
「……それに、これは個人的なリスク管理の観点からですが。貴女がそのドレスで無防備に歩き回れば、予測不能なトラブルが発生し、私が余計な火消し対応を迫られる確率が極めて高いと判断しました。いわゆる、重大なインシデントの火種です」
「インシデントって……「出来事」って普通に言って貰えます?!横文字ウザイです!」
「とにかく、布を足しなさい。……いえ、もう良いです。それよりも夜会の間中、貴女は一秒たりとも私の腕の中から離れないように」
結局、私は部長に「ショールをガチガチに巻かれる」という修正を加えられた状態で
豪華な馬車に揺られ、夜会の会場へと連行された。
会場に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが視線を向けてくる。
本来なら緊張で足がすくむ場面だが
隣には、現代の営業二課で見せていた「威圧感」を数倍に煮詰めたような
冷徹な一ノ瀬「騎士団長」が、私の腰を抱くようにして立っている。
「…本日、皆様に紹介したい『私の妻』です。……彼女への不躾な視線や接触は、私への宣戦布告と見なします」
部長の挨拶は、異世界でも的確かつ容赦がない。
挨拶というより、もはや競合他社への「威嚇」だ。
私は邪魔にならないよう、彼の影に隠れるようにして立っていたのだが……。
#溺愛
#ハッピーエンド
「わわっ、ひゃあ!?」
案の定、やってしまった。
会場の滑らかな床に慣れず、足がもつれる。
私は期待を裏切らない、天然ドジな部下なのだ。
派手に転びそうになり、近くのテーブルに置かれたシャンパングラスの塔をなぎ倒しそうになる。
「危ない、奥様っ!」
近くにいた軟派そうな貴族が、ニヤけ顔で私の手を取ろうと伸ばしてきた。
私は思わず目を瞑り、ギュッと身を縮めた。
(うそ…こんなところでもミスするなんて……!)
しかし。
その男の手が私に触れることはなかった。
代わりに聞こえたのは、ピキッ、というグラスが軋むような音と、背筋が凍るような低温の声。
「……私の妻に、許可なく触れようとは。貴公、自分の家門の終焉について、相応の覚悟ができているのでしょうね?」
恐る恐る目を開けると
そこには、私の目の前で男の手首を掴み、文字通り「制圧」している部長の背中があった。
「お、俺は……っ! 助けようとしただけで……っ!」
「……さきほどから私の妻を舐め回すように見ていたこと、私が気づいていないとでも?」
部長は、怯える貴族を氷の礫のような視線で射抜くと、くるりと私の方を振り返った。
そして、周囲の目が点になるのも構わず
私を壊れ物でも扱うかのように抱き寄せ、大きな手で私の頭を優しく包み込んだ。
「…佐藤さん。怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です……! 恥ずかしいだけで、私はピンピンしてます!」
「…そうですか。ならば結構です。……しかし、やはり私の想定した通り、貴女から一瞬でも目を離すと、これですか…先が思いやられますね」
部長の顔は、怒っているのか
それとも別の感情なのか、わずかに朱が差している。
彼は私の耳元に、周囲には聞こえない地を這うような低い声で囁いた。
「……いいですか、夜会の残りの時間は、私の腕の中で『待機』していなさい。これは騎士団長としての、そして夫としての絶対命令です」
「ぶ、部長、それじゃ社交になりません……っ!」
「……黙りなさい。私の『心臓の工数』が、貴女の無防備な行動のせいで無駄に跳ね上がっているんです。……責任、しっかりと取ってもらいますよ」
周囲の貴族たちが「あの一ノ瀬団長が、あんなに独占欲を……」と囁き合う中
部長の腕の力は、さっきよりもずっと強く、そして独占欲に満ちた温かさで私を束縛した。
どうやら私の「ハッピーエンドまでの最速ルート」は、過保護すぎる上司によって
大幅な「予定変更」を余儀なくされそうだった。