月曜日の放課後。
教室に残っていたのは、元貴と滉斗だけだった。
誰もいない静かな時間。
ふたりの間に流れる空気が、先週までとは明らかに違っていた。
「なぁ、今日も音楽室、行かない?」
「行く。むしろ、元貴とじゃないと意味ない」
「……なにそれ、うれしいけど照れる」
滉斗は平然と、少しだけ赤くなった頬を指でかいた。
音楽室。
静かな夕暮れの光が差し込むなか、 ふたりで椅子を並べて座り、ギターを取り出す。
何も言わなくても、コードとメロディが自然と重なりはじめる。
「……実は今日さ、家で作ってきた新曲があるんだ」
「え、マジ?」
「うん。タイトルは……“恋と吟(うた)”」
滉斗が、驚いたようにまばたきする。
「……滉斗のことを想って、作った曲」
「っ……やばい、それ……普通に照れる……」
「ふふ、でも聴いてね。今日、初披露だから」
そう言って、元貴はギターを膝に乗せた。
そのとき——音楽室のドアが静かに開いた。
「お邪魔してもいいかな?」
振り返ると、そこには藤澤先生が立っていた。
「先生!」
「たまたま通ったら、ギターの音が聴こえてきてね。ちょっとだけ寄ってみたくなったんだ」
「ちょうど今から、新曲を弾くところだったんです」
「それはナイスタイミングだ。ぜひ聴かせて」
—
静かな空気の中、元貴は弦に指をかける。
そして、ふたりの前で、初めて“この気持ち”を音にした。
不意に寂しくなった時
隣に君が居ればなあ
独りの時間なんてもの
無くて済むのに——
——また君を思い詞を綴れど
恋の歌の様に綺麗じゃないな
この思いが君に届いてればな
この声で唄わずに済むのにな
滉斗の表情は、どこか恥ずかしそうで、それでも真剣に聴いてくれていた。
藤澤先生も腕を組み、じっとこちらを見つめている。
—
歌い終えた瞬間、音楽室に拍手が響いた。
「すごい……本当に、すごいよ元貴」
「うん……鳥肌たったね。なんか、歌詞もやばいし……」
ふたりとも、素直に褒めてくれるのが、すごく嬉しかった。
その時、藤澤先生がふっと微笑んだ。
「その曲……ピアノのメロディを入れたら、もっと良くなりそうだね」
「え?」
「……ボーカルは元貴くん、ギターは滉斗くん。
で、ピアノが僕で、3人でセッションしてみたら? 面白いと思うな」
滉斗が目をまん丸にする。
「……え、なんかすごい。バンドじゃん、それ」
「元貴くん、コード譜とか、デモ音源とかある?」
「はい、あります!」
「じゃあ明日、譜面もらえる? 家で練習してくるよ」
「……本当ですか?ありがとうございます!明日、絶対持ってきます!」
元貴が深く頭を下げると、藤澤先生は笑いながら肩を叩いてくれた。
「楽しみにしてるよ」
—
先生が音楽室を出ていくと、ふたりだけの空気が戻ってくる。
「……なんか、すごいことになってきたな」
「うん。まさか先生がピアノ入れてくれるなんて」
「3人でセッション……ちょっと想像つかないけど、ワクワクする」
「ね。……きっと、良い曲になるよ」
“好き”から生まれた音楽が、少しずつ世界を広げていく。
その始まりに、今、立ち会えたことが、すごく嬉しかった。