白をメインとした滑らかな壁紙に、暖かい照明の色。
ナイフとフォークの擦れた金属音に、幸せそうに笑い合う者たち。
皆美味しそうに我楽多《ガラクタ》を食べている。
私の前椅子には上品な格好をした女性が座っていた。
女性は私の視線を感じたのか、にこりと笑う。
「美味しい?」
彼女は私の義母だった。
生まれたときから父親に暴力を振られていた私と母。
母が病で死んでから、母の親友であった彼女に引き取られた。
「あ、はい。美味しいです」
少し警戒しながら私は彼女に笑いかける。
「まだ食べていないじゃない」
不可思議そうに彼女は私を見る。
私が父に暴力を振られていたのは理由があった。勿論、これだけが理由という訳ではないが、主にはこれがその理由だろう。
私は物心ついたときから、食べ物が食べられない物に見えたのだ。
美味しそうに我楽多を食べる義母は、私に遠慮しないように促す。
勿論、義母なりの気遣いでこの店を選んでくれたのだろうが、食べ物が我楽多に見える私にとっては、高級料理だろうが手作りだろうが、生ごみでも同じなのだ。
「食欲がないんです…」
見え透いた嘘をついて、義母の言葉をかわす。
そう、と少し残念そうに彼女は笑った。
それでもやっぱり少しくらいは食べないといけないかと思い、皿の上に乗っている懐中電灯をナイフで細かくした。フォークでそれを差したら、口元に運んでくる。
ガリッ、ガキン、バキィ、と音をさせながら私はそれを咀嚼する。
義母は少し顔を明るくして私を見ていた。
「美味しい?」
「…はい」
ははは、と私は乾いた声を漏らす。
唯一良かったことは、私の歯が尋常じゃないくらいに固かったことだ。
続いてスマホをナイフで切り、フォークで差して食べる。
液晶画面が粉々になって口の中が傷まみれになった。
「とても美味しいです」
「本当っ?私、ここのお店気に入ってるの!」
食べてくれて良かった、と彼女は安堵するように笑う。
「そうなんですね」
彼女の言葉を軽く受け流し、私は愛想笑いを浮かべた。
我楽多に見えるのは種類によって変わらず、完全なランダムだが、この店は固くて咀嚼しにくいものが出てくる傾向にあるため、私はもう二度と訪れたくはない。
「母の友達さんは美味しいですか?」
「あ…えっと、私はーー」
言いかけた義母に被せるように私は言う。
「名前、知ってますよ」
「じゃ、どうしてかな…?」
彼女は静かに私に問う。
「呼びたくないからです」
「あ…」
ショックを受けたように彼女は口を開けたままフリーズした。
「そ、そうだよね、いきなり連れてこられてびっくりだよね、」
動揺を隠すように義母は笑った。
「あ、私は美味しいよ。特にお肉が好きなんだ、」
あはは、と彼女は苦笑する。
「…そうですか」
やっぱり美味しいんだ、と私は心の中で言葉を発する。
私は生まれたときからこうだから、味を感じたことがない。
皆が辛いと言って食べるものも、これが食べたいという欲望も、私は感じたことがないのだ。
私が義母に冷たく接するのもそうだ。
私の気持ちをろくに知らないくせに、こんな店に連れてきた腹いせだ。
彼女に悪意はない。だからこそ私は彼女に嫌悪を抱いていた。
「こ、これからの食事が楽しみだね」
と、彼女は笑う。
「………そうですね」
愛想笑いさえ浮かべずに、私は冷たく彼女を見つめた。
今までの食事も、これからも、私は決して食事に期待することはない。
皆が言う不味いでさえも、私は感じないのだから。
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