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忙しいさなかではあったけれど、従業員のリフレッシュのため、お盆休み明けの3日間、〈リインカネーション〉は夏季休業を取ることになった。
普段は休日も施術を優先する玲伊さんだったけれど、今回は完全オフ。
わたしも祖母に休みをもらい、玲伊さんの運転する車で、箱根に向かっていた。
「もう少し時間があれば、海外に行きたかったんだけど。近くでのんびりするのもいいかと思って」
運転席から玲伊さんが言う。
「ううん。旅行できるなんて思っていなかったから、とっても嬉しい」
「俺も嬉しいよ。2泊3日、72時間まるまる、優紀と一緒にいられるんだから」
相変わらず、玲伊さんは惜しげもなく甘い言葉を投げかけてくれる。
はじめは照れくさかったけれど、今はそんな玲伊さんがますます好きになっていた。
有料道路を使い、2時間弱で宿泊する宿に到着した。
「涼しいね」
車を降りたとき、思わず声が出た。
わたしの言葉に、玲伊さんも頷いている。
「さすがに東京よりも快適だな」
木々を通り抜けてくる涼風が肌に心地よい。
今回の宿泊先は、昭和初期にある皇族の別荘として建てられたという由緒ある温泉旅館の離れの一室。
調度や欄間などは当時のものが使われており、レトロな雰囲気が素敵だ。
とはいえ、数年前に改装されているので、古びた印象はまったくない。
そして、二人で使うにはもったいないほど広くて立派なヒノキの露天風呂が部屋についている。
「こんな素敵な旅館、はじめて……」
部屋に入り、感嘆の息を漏らすと、彼は肩を抱いて「気に入った?」と聞いてくる。
「うん、とっても」というと「それは良かった」と言って、わたしを胸に抱きこんだ。
そして、囁く。
「一度、一緒に布団で寝てみたかったんだ。ベッドとまた違って趣があるだろう? 浴衣っていうのもいいし」
「そういう下心があったんだ」
「そういうのは、嫌?」
どうして、いちいち聞いてくるんだろう。もう。
そのまま答えるのはちょっと癪に障ったので、背伸びして彼の耳に直接言葉を吹き込んだ。
「い、や」
「なんで?」
そう言って、彼はわたしの腰を引き寄せ、顔を覗き込んでくる。
「……なわけない」
わたしの答えに、彼はゆっくり笑みを作り、それからわたしの唇に軽くキスした。
まずエスプレッソ・マシンでカプチーノを淹れて、大きな窓に向かっておかれているソファーにふたりで腰かけた。
窓から見えるのは、さまざまな色調の葉を持つ木々だけだ。
「エステも有名でね。超一流のエステティシャンの施術が好評なんだ。前に一度、うちに来てほしいって打診したことがあったんだけど、自然のなかで仕事をするのが好きだと言われて、断られたことがあってね」
「玲伊さんのお墨付きだったら、その方、きっと素晴らしい技術をお持ちなんでしょうね」
「そう。今回は明日と明後日の予約を取ってある」
「2日も?」
「ああ、この宿にしたのはそのためもあるからね」
「これも一周年記念の日のため?」
「そうだよ。そうだ、至急ドレスも作りに行かないと。それから来週から俺の部屋にマナーの先生を呼んで、食事の作法と所作の特訓もはじめなきゃね」
「ふー、いろいろ大変」
「優紀は頑張り屋だろう。大丈夫、すぐうまくできるようになる」
それと……と囁いて、彼はわたしを一層引き寄せる。
「あともうひとつのレッスンは……」
「まだあるの?」
わたしのおくれ毛を指で弄びながら、彼は耳元に囁く。
「俺にもっと、そうだな、『もう嫌』って、優紀が言いたくなるぐらい、可愛がられること」
言葉とともに、首筋に唇が這いはじめる。
「やん……くすぐったいよ……玲伊さん」
「体が満たされることも、綺麗になるために必要なことだからね」
それから、ふたりで露天風呂に入り、さっきの宣言どおり、彼の不埒な指にさんざん喘がされて、あやうくのぼせかけた。
食事は部屋食の会席料理。
はじめこそ、おとなしく向かいあって食べていたけれど、だいぶお酒が入ってから、彼は胡坐をかいている自分の上にわたしを乗せてしまった。
そのまま平然と箸を進めている。
一方のわたしはどきどきして、食事どころじゃなくなった。
だって、いつ仲居さんが入ってくるかわからないのだから。
「ぜんぜん飲んでないな。ほら、口、開けてごらん」
彼はわたしを振り向かせると、自分の口に冷酒を含んで、そのまま口づけしてくる。