「マルセラ。悪いがラウに、午後から打ち合わせをしたいと話してくれるか? 少し相談したいことがある」 どこか固い表情で老執事ラウと話したい旨を伝えると、マルセラが
「かしこまりました」
と一礼してナディエルに「あとのことはお願いしても?」と問う。ナディエルが「お任せください」と微笑むのを見て、マルセラがリリアンナに「それではわたくしはこれで。何かあればすぐにお申し付けくださいね」と残して立ち去った。
リリアンナはそれに「はい」とこたえてから、革鞄を部屋の片隅の棚上へ置く。
(そういえばウィリアム様とセレン様はもう、ペイン邸へ着いたかしら……)
ウールウォード邸とペイン邸はさして離れていない。きっと今頃自分たちと同じようにバタバタと荷ほどきに追われていることだろう。
「リリー。僕も一旦部屋に戻って荷物の整理をしてくるよ。落ち着いたら庭に行くんだよね? 荷ほどきしたら声を掛けてくれるかな? ――あと、必要なものがあれば、遠慮せず何でも言うんだよ? だってここでは……」
「私が主人、だもんね?」
「ああ、その通りだ」
リリアンナの声に、ランディリックがふっと柔らかく微笑むと、部屋をあとにした。
ランディリックと入れ替わるように、従者らから旅箱を受け取ったナディエルが室内へ入ってきた。
「お嬢様、これはどちらに置きましょう?」
リリアンナは重い旅箱をよたよたしながら運ぶナディエルに慌てて駆け寄ると、
「そこで大丈夫。少しずつ荷ほどきして中身を出していくから」
と苦笑した。こんな重たいものを部屋奥に置かれた衣裳戸棚の前まで運んでもらったりしたら、ナディエルの腕が取れてしまいそうだ。
ちらりと部屋の片隅へ置かれた彫刻入りの大型収納家具を見遣ってリリアンナが告げれば、「荷ほどき、私もお手伝いしますよ?」とナディエルが腕まくりをして見せる。
「ナディも自分の荷物の整理があるでしょう? とりあえずはそっちをしてきて? 私は私で、出来る範囲で頑張るから大丈夫」
「でも……長旅で疲れていらっしゃるでしょう?」
「それはナディも一緒じゃない」
「……それはそうですが、お嬢様。重い物だけは私が戻って運びますから! 絶対に無理だけはなさらないで下さいね?」
「約束するわ」
それでも、なかなかそばを離れようとしないナディエルに、リリアンナはふと良いことを思い付いた。
「ねえ、ナディ。確かナディの荷物の中にはクッキーが入れてあったわよね? 私、お庭から帰ってきたらランディとそれ、食べたいな? って思うんだけど……」
味なんて味覚障害のせいでちっとも分からないリリアンナだけど、ナディエルが作ってくれるお菓子は見た目も愛らしくて好きだ。そうしてナディエルが主人のために作ってくれたお菓子を、リリアンナが食べてくれるのを楽しみにしていることも知っている。
それを荷ほどきして出しておいて欲しいと告げれば、ナディエルが一瞬瞳を見開いてから、「食いしん坊さんですね」とふわりと微笑んだ。そうして、「では……お言葉に甘えて私も荷物の整理をさせていただきますね」と、リリアンナへ一礼する。
それを荷ほどきして出しておいて欲しいと告げれば、ナディエルが一瞬瞳を見開いてから、「食いしん坊さんですね」とふわりと微笑んで「では……お言葉に甘えて私も荷物の整理をさせていただきますね」とリリアンナに一礼した。
「あとでね」
「はい!」
ナディエルの部屋はリリアンナの部屋のすぐ隣だ。「なにかあればすぐに駆け付けます!」と申し添えて部屋をあとにするナディエルを見送ってから、リリアンナはほぅっとひとつ吐息を落とした。
部屋にひとり残されると、ウールウォード邸の静けさが胸に染みるようだった――。
***
軽く荷ほどきを終え、廊下に出るとき、リリアンナは一度だけ窓を振り返った。
若草色のカーテンが、光を呑み込んで揺れる。胸の奥で、薄桃の揺り戻しが小さく疼いた。
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